彼女の骨
「私の骨の色って何色だと思う?」
「白じゃないの?」
「えー、やだー」
放課後の教室で日誌を書いてると、目の前でそれを眺めていた彼女が暇をもて余した子供のような話をしてきた。
日暮れで赤色に染まってる教室内には自分と彼女しかいなくて。
外からは部活に励む他の生徒の声が聞こえてくる。
日直である自分の終わりを待ってる彼女はひどく退屈だったようだ。
「やだーって言っても。骨は白だろ」
「いやいや、安易に決めるのはよくないっしょ?」
「いや、白だよ。標本とか本とかいろんな媒体で骨は白って決まってるし」
「それはー、その他大勢の骨の色であって。わたしは違う可能性があるじゃん」
言い返せば言い返すほど不満が頬にたまるようでぶーっとふくれる彼女。
吐き出せば不満も消えるんじゃないかとつついてみたけど、口を固く縛っていてなかなか吐き出さない。
やめてよと手を弾かれた。
「私の骨を見たことあるの!?」
「ないけど」
「見たことないなら、白じゃない可能性もあるから!あれだよ、シュレックの猫!」
「長靴はいてるの?」
「ちがうってば!箱の中身的な!」
「……シュレディンガーの猫?」
「多分それ!」
シュレディンガーの猫とかなんで知ってるの?と聞けば、彼女は漫画で見たという。
箱の中の猫は死んでいるのか生きているのかみたいな思考実験だったか。
中身を見ない限り中がどうなってるかなんてわからない。
彼女の骨が白であるか他の色であるかは彼女の中を見ない限り決めつけることは出来ない。
「つまり、私の骨の色は私の肉を裂いて見てみない限り白じゃない可能性を秘めてる!」
「えー、グロい話やめてよー」
「もしかしたら、お前の骨の色だってレインボーかもしれない!」
「きっしょ」
楽しくなってきたのか興奮気味に立ち上がり、子供のように体を使って話しかけてくる彼女を尻目に日誌を進める。
「私は青がいいなー空みたいな明るい澄んだ色じゃなくて、深海みたいな色がいいー」
「またよくわからん色を」
「なんか、そんな色してたら素敵じゃない?わたしの骨は深海を圧縮してできてます!みたいな?」
「意味不」
「一言で切んないでよ!夢を持とうよ!!うら若き学生なんだよ!?」
「夢ねぇ。夢かぁ」
夢がない訳じゃない。
でも、彼女の言う夢からは程遠い夢だ。
自分の考える夢は、専門学校に進学して専門職につきたいとかそんなんだけど。
彼女の言う夢は子供の空想のような話なのだ。
だって骨はどうあがいても白だし。
「私はお前の骨の色は黄色だと思ってるよ」
「黄ばんでるとか勘弁して」
「ちがーう!喫煙者の歯みたいな色じゃなくて!黄色!普通の黄色!」
「やだよ。白がいい」
「えー」
否定を重ねれば重ねるほど彼女は落ち込んでいった。
さっきまでの、テンションはどこにいったのか。
椅子に座り込みとうとう膝を抱え始めてしまった。
「だってさ、私みたいな平々凡々はせめて、骨くらい人と違ってもいいじゃん」
蚊の鳴くような声だった。
教室に二人だけでかつここまで静かじゃなきゃ聞き逃してたかもしれない。
自分が流行りの超難聴系鈍感野郎じゃなくて良かったと思う。
「だってさ、見た目も中身も勉強も平々凡々。全部平均なんだよ。つまんないじゃん」
「まぁ、普通の塊みたいだよな」
「そーなの!それで、何か人と違うものがほしいと!でも、目に見えるものはすべて平凡!ならば、まだ見てないものに位は希望持ってもいいじゃん!」
「どんな希望の持ち方だよ。おわったー」
「おつかれー。よし帰ろ帰ろ」
「別に待ってなくてもいいのに。暇なら先帰ってたら?」
「冷たい!それが十年らいの友に対する言葉か!」
キーっと制服のカーディガンの裾をかじり始めたのを尻目に日誌片手に教室をでると、まっちくれぇーと情けない声と共にどたどたと走る音が聞こえてきた。
それから、定期テストを終えて、真ん中の順位にいた彼女を励ますためにケーキバイキングにいったり。
体育祭のリレーで真ん中の順位を取った彼女の機嫌取りにカラオケにいったりと過ごしていた。
そんなある日、俺の目の前には骨をむき出しにした彼女がいた。
骨どころか内臓や内臓が破れて飛び出してきた汚物も見えてる。
いつも通り帰宅の途中で、バカみたいな話をしながら歩いていて。
彼女の家は信号をわたった先で、自分の家は信号をわたらず、右に曲がる。
いつも通りにそこで別れを告げて、背中を向けて歩き出したときだった。
今まで聞いたこともないようなでかい音と悲鳴とが後ろから聞こえてきた。
振り向くと、さっき彼女が歩いていた横断歩道の奥の方、十字路のど真ん中でかいトラックと乗用車がぶつかっていた。
どうしてそうなったのか、見ていないからわからなかったけど。
彼女が渡りきっていて、信号の先で驚いておしっこでもチビってるんじゃないかと思ったから、確認しに行った。
信号の奥にも彼女の姿はなくて、周りの悲鳴やゲロを吐く音とを耳にしながら、ぶつかった車を見に行った。
彼女がいた。
トラックと乗用車に挟まれてる彼女がそこにいた。
トラックの横っ腹に突っ込む形で乗用車がめり込んでいて、彼女の下半身がそこに巻き込まれていた。
彼女の下半身はすっかりミンチになっていて、唯一足首から下は原型をとどめている程度だった。
衝撃で破れたのか、腹から内臓やら内容物やら、排出されるはずだったものとかが溢れていた。
そして、その隙間から見える骨。
どこの骨かなんてわからない。
衝撃が凄まじかったらしく、彼女は変な形になってる。
いつもの平凡きわまりない彼女の姿はない。
「……ねぇ」
まさか、生きてるなんて思わなくて喉がひきつって返事が返せなかった。
「…………骨……なにいろ……?」
素人でも助からないのがわかる。
むしろ今生きてるのが不思議な彼女は、いつだかに言っていた話題を口にした。
「青だよ……。深海みたいな…深い青」
彼女は自分の応えが聞こえたのか、歪んでしまった顔で薄ら笑いながら死んだ。
彼女の骨は綺麗な青だった。
ほんとうに。
何をしても平々凡々な彼女だったけど。
彼女の骨は誰にもない色で。
彼女だけのものだった。