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1-1

吐き気をもよおす臭いが充満している。

一人暮らしが精いっぱいであろう大きさの部屋には、窮屈そうに三人の男がよこたわっている。

流れ出す血液の量をみるに死んでしまっているのだろう。雑に開封されたであろう段ボールや、脱ぎ捨てられた衣服を男達の血液が汚していく中に異質なものがまざりはじめる。

薬莢、拳銃、そして流れてくる血液を意に介さず、服も着ないで座り込む女性。


首元が青く光っているその女性の傍らには、「最新verをインストール中」と大きく映し出されている端末があった。

進行度を示すゲージはほとんど進んでおらず、再起動はつい先ほど始まったばかりのようだった。


誰も動かないことをいいことに、血液はどんどん自分の領土を広めていく。

カーテンはそんな惨状を隠そうとともせず、外からはさわやかな朝日が差し込んでいた。


        -----------------------


目を覚ますとそこにはおびただしい量の血があった。


「え…、なんで…?」


とっさに口からこぼれたその言葉は、目の前に血の海が広がっている理由に対してではなく、時間がとんだように感じたからだ。


目の前の光景は自分が最後に覚えているものからだいぶ時間が経っているように見える。

近くに落ちているスマートフォンに似た端末には13:37とでていた。

時計を見ている余裕がなかったため、具体的な時間は分からないが、少なくとも数時間は経過しているような気がする。


「最新ver更新のため、約4時間の強制休止…?」


色々と考えていると突然、頭の中に答えが返ってきた。

声が聞こえたわけではなく、頭の中に直接語り掛けられているようだった。

いったいなんのバージョンを更新していたのかは分からないし、そのことが自分が意識を失っていたことと何の関係があるのかが分からないが、不思議とその言葉で納得してしまった。


「誰…ですか…?」


何も答えはかえってこない。

いったいどうやって自分の頭の中に話しかけているのか気になるところではあるが、そんなことよりも先に考えるべきことが山ほどある。

いったいどうして自分はこんな状況にまきこまれてしまったのか。


4時間前にここで目覚めて、男達が死ぬ瞬間を見た後、気を失ってしまったのは覚えている。

だが、この部屋にたどり着いた経緯が分からない。

それどころか4時間前の出来事以外なにも思い出せない。

自分の名前、親、育った場所、何一つ思い出せない。

これがいわゆる記憶喪失というものなのだろうか。


焦るべきなのだろうが、なにをどう焦ればいいのかも分からない。

なんにしろ、何も思い出せないなら考えていても仕方ない。

自分で分からないなら人に聞いてみるしかない。

すがるように先ほどの声に尋ねてみる。


「私はだれですか?」

「…」

「えっと…あなたは私を知っていますか?」

「…」

「じゃあ…ここはどこですか?」

「GPS機能がオフになっています。」


やっと答えが返ってきたが、言ってる意味が分からない。

GPS機能…?

当たり前だが、人間にそんなものが搭載されているはずがない。

意識を失っている間になにか機械を埋め込まれた?

自分でもそんなはずがないと思いながらも、自分の顔を触ってなにか機械のようなものがないか確かめてみる。


「あれ?」


自分のあごに違和感がある。

なにか機械のようなものがついているわけではない。


それどころかなにもない。


なにもないのが問題だ。

あごが異様に肌触りが良い。

あごにあるはずのもの…


「ひげ…?」


そうだ、ひげがない。

急激に体温が下がっていくような感覚がする。

心がざわついて、自分が冷静じゃなくなるのがはっきりと分かる。

ふらつきながらも、急ぎ足で洗面所を探す。


足元の血だまりも自分が撃ち殺した男達の死体も気にならない。

今はひげがないと思ってしまったことの方が大問題だ。

ひげが無いだけなら大した問題にならない。

覚えはないが時間をかけてキレイに剃ったのだろう。


しかし、ひげがないことに違和感をもった時点で「自分が男である」という確信をもってしまった。

鏡にうつった自分の姿が確信をすぐに否定する。


おそらく大きくはないのであろうが確かに少し膨らんだ胸、

不安になるほど華奢な腕、

体毛がほとんどないキレイな肌、

そして、一切の歪みのない見たこともない顔、


それらは紛れもなく女性の体だった。


「俺…、私…、これは誰なんだ…?」


ほとんどなにも覚えていないにも関わらず、自分は男であると確信していて、しかし体はどう見ても女性そのもの、しかも頭の中には謎の声ときた。

分からないことが多すぎる。


「もうわけわからん…」


ほとんど泣きそうになりながら愚痴をこぼす。

このままもう一度眠ってしまおうかと思ったが。


「あぁ…、お腹すいたなぁ…」


数少ない分かることがそれを許さなかった。


             -----------------------


「おぉ…」


記憶はないが、どこかで見たことのあるような街の景色に声が出てしまう。

腹が減って眠ることも許されなくなった私はとりあえず外にでてみることにした。

あのあと、冷蔵庫を探してみたが調味料が少しはいっているだけで腹を満たせそうなものは一つもなかったのだ。


「しかし、この体が細身でよかった」


あの家に住んでるやつが男らしいので、少しサイズは大きいが十分に着ることのできる服を見繕えた。

部屋で死んでいる男のうちの一人は、よれよれのTシャツにスウェットといういかにも部屋着といった格好だった。


覚えているかぎりでは、彼があの部屋の住人のはずだ。

残りの二人はガラの悪そうな風貌で、私が最初に目を覚ました時には住人らしき人を大声で脅していた。

どうやらお金を貸しているらしく、住人らしい男を殴ったり蹴るなどしていた。

住人の財布はどこにあるのか分からなかったので、とりあえずその二人の財布を持ってきた。


「あんまりお金は入ってないな」


膨らんだ派手な長財布には小銭やレシートが入っているばかりで、紙のお金は三枚ほどしか入っていなかった。

本来なら、これからのことも考えて節約していかなければならないのだろうが、空腹な状態ではこの金額でどれだけ食べられるのかしか考えられなかった。


初めて歩く街だったのでどこの店に入ればいいか迷っていたが、とりあえず見覚えのあるファストフード店にはいってみた。

店内はお昼時ということもあって多くの客であふれかえっていたが、幸いにもレジの待機列はそれほど長くなかった。


いよいよ空腹も限界だったので早く食べたいところだったが、注文しなければいけないということを思い出して足がとまってしまう。

考えてみれば目覚めてからだれとも会話をしていないのだ。

書いてある文字は読めるので言葉が通じないということはないだろうが、緊張してしまって足が進まない。


「次お待ちの方どうぞー」


しかし、立ち位置が悪かったのか店員に呼ばれてしまう。

後ろを見るとすでに数人の客がならんでしまっていた。


「あ、えっと…」

「こちらでお召し上がりですか?」

「あ、はい」

「ご注文をどうぞ」

「あ、えっと…これ…」


流されるままにオーソドックスなハンバーガーを指さす


「セットになさいますか?」

「あ、はい」

「ドリンクはどちらになさいますか?」

「えっと…じゃあ…これ…」

「コーラですね、かしこまりました。では、合計で890円になります。」

「あ、はい」

「千円お預かりします。では、おつり110円になります。準備でき次第お渡ししますので、横にずれて


お待ちください。」


「あ、ありがとうございま…」

「次にお待ちのお客様どうぞー」

「…」


会話の練習が必要かもしれない…

      --------------------


「ふぅ、結構腹いっぱいになった」


注文したものを一通り食べ終わったあと、疲れた様子のスーツ姿の男を横目に隅の席で一息つく。

お腹がすいていたのでかなりがっついてしまったが、口のまわりについた汚れはしっかりとふきとった。

とりあえず腹ごしらえはできたので、これからの事について考えよう。


お金の心配もそうだが、先に住むところを考えないといけない。

最初に目覚めた家に住みたいところだが、あそこに住むなら死体をどうにかしなければいけない。とはいえ、死体の処理の仕方なんて知らないし、この体では死体一つ運ぶことだってできるかあやしいところだ。かといって、ほかに住めるようなところなんて知らない。


「…」


それ以前に死体をそのままにしてきてよかったのだろうか、今になって冷静になってみるとあの部屋は誰かに見られるとかなりやばいんじゃないだろうか。

とっさにやってしまったとはいえ、殺人なんて警察にばれたらどうなるか分かったもんじゃない。

ここまでくるとあの部屋に戻らない方がいいような気さえしてくるが、自分が素手で触った拳銃を置いてきてしまったことを思い出した。


「やっぱやばいかなぁ…」


警察に調べられたら一発で自分が使ったものだとわかるだろう。

もしかしたら警察なら私がだれかわかるかもしれないが、その後が檻の中では意味がない。


「よし、一旦戻ろう」


戻ったところで自分のいた形跡を完全に消せるとは思わないが、正直なところ、他に何をすればいいかもよく分からなかった。


       --------------------


「確かここだったよな…」


自分がさっき目覚めた場所になんとか到着することができた。

というのも、よくよく考えたら、一度しか見ていない道を戻るのはなかなか大変だったのだ。

出てくるときはよく見ていなかったが、目覚めたのはきれいとは言い難い大きめのマンションの一室だったらしい。


少し重量感のある扉をあけて中に入ると各部屋の郵便ポストとその隣にはマンションの見取り図が貼ってある。

しかし、ここであの部屋の部屋番号が分からないことが分からないことに気づく。


「やらかしたぁ…」


戻ってくることはないと思って確認するのを忘れていた。

見取り図によると部屋数はかなりあるので、総当たりしようとすると結構な時間がかかってしまうだろう。

鍵はかけていないはずなので、あの部屋自体はドアノブをまわしてみれば分かるだろうが、すべての部屋のドアノブを回していくなんて不審以外のなにものでもない。

後で警察が事情聴取したときに確実に話されるだろうし、最悪の場合、見られたらすぐに通報されてしま

うだろう。


あきらめて帰ろうとした時、後ろから声をかけられた。


「どうかしたんですか?」


声をかけてきたのは、動きやすそうな格好をした女性だった。

なぜか顔が少し汚れていたが、それでも十分に美人だと分かった。


「えっと…、部屋を探してて…」


とっさに聞かれたので正直に答えてしまう。


「お知り合いの方の部屋ですか?」

「えっと…、そんな感じです。」

「部屋番号は分かります?」

「ちょっと分からなくて…」

「その人と連絡はとれますか?」

「ちょっと携帯が使えないんですよね…」

「スマホ、貸しましょうか?」

「いやいや、大丈夫ですよ。ちょっと思いつきで寄ろうかと思っただけなんで」

「そうですか…」

「すいません、もう行きますね。ありがとうございました。」


あぶなかった。女の人同士ってこんなに助け合って生きてるものなのだろうか。


「あの!」


出ていこうとした瞬間、大きな声で呼び止められる。

振り返って立ち止まると女性が寄ってきてくれる。


「ここってどこか分かります?」

「はい?」


唐突な質問につい聞き返してしまう。


「私達が今いる場所ってどこか分かります?」

「えっと…、マンションですか?」


分かる範囲でなんとか答える。


「そうじゃなくて、もっと大きな範囲で」

「えっと…、日本…ですかね?」


確信はないが、広告などもすべて日本語なのでおそらくそれであっているだろう。


「そうですか…。ありがとうございました」

「ど、どういたしまして?」


意味が分からないので疑問形になってしまう。

女性は軽くお辞儀をするとスマホをいじりながら行ってしまった。

いったいどうしたあんな質問をしたのだろうか、もしかするとあの人も記憶喪失だったのだろうか。

そんなことを考えながらマンションを出ていく。


ここに来たのは無駄になってしまったが、そうなると住む場所をどうにか探さなければならない。

誰かを頼ろうにも知り合いなんて誰も思い出せないし、連絡手段もない。

途方に暮れながら、とりあえずここを離れようと細い路地を歩いていると、またしても声をかけられた。


「お姉さん」


顔を上げると、前には金髪のチャラそうな男が立っていた。

黒を基調とした服装でどこか運動ができそうな印象を受ける。


「なんですか?」

「そんなに警戒しなくて大丈夫ですよ。ナンパとかじゃないですから」


できる限り声をやわらげて言ったつもりだったが、緊張が声にでてしまっただろうか。


「えっと…、こんなところでなにしてるんですか?」


慣れていないのか、言葉を探しながらしゃべりかけてくる。


「いや、それナンパが言うセリフでしょ」

「確かに…。いや、どっちかっていうと…」


男が言いかけた瞬間、路地の出口に黒い車が止まるのが見えた。


「職務質問に近い感じ?」


やばいと思ったその瞬間、首元にすごい痺れを感じて私はそのまま眠ってしまった。


        -----------------------



「あれかな…」


遠くの方ににキレイとは言い難い大きめのマンションがあった。

真夏の昼間にこの炎天下の中歩いてきたので、ロビーに冷房でもついていないかと期待していたが、あの様子だとダメそうだ。


「しっかし、よくもまぁこんなあっつい日に人殺しなんてするわ」


上司からの電話によると、マンションで殺人があり、そこに見慣れない装置があったので、それを調べさせるために私を呼んだらしい。

正直、殺人現場なんて行きたくもないのだが、あの人の命令に反するようなことができるはずもないので、しぶしぶ家を出てきた。


マンションの入り口まで来たが、近くで見ると思っていたよりもかなりでかい。

入り口付近には車が止まっており、上司直属の部下の人が二人待機している。

二人に軽くお辞儀をして入ってみると、入り口の見取り図を見つめている人がいる。

服装は男物っぽいがサイズがあっておらず、どうやら女性らしい。

部屋の位置を確認したいので、見取り図に近づこうとした時彼女の首に青い光が見えた。

見取り図を見ている時間も長く、少し怪しく思ったので声をかけてみる。


「どうかしたんですか?」


振り返った彼女は歪みのないきれいな顔をしていた。


「えっと…、部屋を探してて…」

「お知り合いの方の部屋ですか?」

「えっと…、そんな感じです。」

「部屋番号は分かります?」

「ちょっと分からなくて…」

「その人と連絡はとれますか?」

「ちょっと携帯が使えないんですよね…」

「スマホ、貸しましょうか?」

「いやいや、大丈夫ですよ。ちょっと思いつきで寄ろうかと思っただけなんで」

「そうですか…」

「すいません、もう行きますね。ありがとうございました。」


あまりに怪しすぎる。別にこのまま逃がしても自分の知ったこっちゃないのだが、もしかしたら仕事が早くおわるかもしれないのでもう少し探ってみる。


「あの!」


扉に手をかけたあたりで振り返ってくれた。走って逃げられるようなことはなさそうだ。


「ここってどこか分かります?」

「はい?」


しまった。

探りをいれるなんてほとんどやったことが無いから変な質問をしてしまった。


「私達が今いる場所ってどこか分かります?」


仕方がないのでこの話題を掘り下げてみる。


「えっと…、マンションですか?」

「そうじゃなくて、もっと大きな範囲で」

「えっと…、日本ですかね?」


おっと。

思わぬところで収穫があった。

こんなことを言うやつを逃がしてしまったら確実に後で怒られる。


「そうですか…。ありがとうございました」


軽くお辞儀をして入り口で待機していた二人に連絡する。

今日は思いのほか早く帰れるかもしれない。


         -----------------------


見慣れない床だ………。

いや、これは見たことがある。

夕日が差し込んでいたので分からなかったが、ここは自分が目覚めた部屋だ。

しかし、目覚めた時とはかなり状況が違っている。


部屋の中には何人かの手袋やマスクをした三人の男達が色んな所をひっくりかえしている。

立ち上がろうとすると、手足が椅子に縛り付けられていることに気づく。

仕方がないので、呆然とした頭でその光景を眺めていると、一番体の大きい男のがこちらに気づいたようで部屋の外へ出て行った。


少しするとその男はもう一人、見たことのある女性を連れて帰ってきた。

マンションの見取り図の所で会った女性だった。


「おはよう、さっきはごめんね。早速だけどこの機械のこと教えてくれる?」


スマホのような機械を見せられるが、さっぱり分からない。


「○○さん、急にそんなこと言ったってなんのことかわかんねえと思いますよ」


最初に私に気づいた男が代弁してくれた。


「あ、そっか。えっと…なんて説明したらいいの?」

「俺に聞かないで下さいよ…」


そういって大男は作業に戻ろうとしたが、


「俺も知らんぞ」

「右におなーじ」


残りの男達が完全に放棄してしまい、女性が大男を見つめる。


「あー…、はいはいやりますよ」


どうやら、この大男は体に似合わずいいように使われているらしい。

マスクを取ると、黒い肌の人のよさそうな顔があらわになった。

座ってる俺に合わせてくれているのか、中腰になって話しかけてくれる。


「お前は道を歩いているところを気絶させられて、この部屋まで連れてこられた。そこまでは分かるか?」

「はい」


それはなんとなく理解していた。

なにが目的かは分からないが、彼らは私を気絶させてまでこの部屋まで連れ戻したのだ。


「よし、ここがどこかは分かるか?」


一瞬とぼけるべきなのかと思案するが、逃げられる算段があるわけでもなく、この部屋には自分がいた証拠を山ほど残してしまっている。

それに、いろんなことがありすぎて誰かに愚痴ってしまいたい気分だった。


「この部屋自体は知っていますが、ここがどこなのかはよく分かりません。」


大男は少し考えてから、また質問してくる。


「ここで殺人が起きたのは知ってるか?」

「知ってます」

「誰がやったかは?」

「知ってます」

「誰だ?」

「えっと…私です」


大男は少し顔をしかめてから、姿勢を戻して考える素振りを見せる。

少し率直に言い過ぎたと思ってすぐに弁明する。


「殺したのはガラの悪い二人だけで、ここに住んでた人は殺していません」

「それは知ってる」


考え事の邪魔をするなといわんばかりに冷たく言い放されてしまった。

確かに傷口などを調べたら簡単にわかることだ。

神妙な面持ちで考え事をする大男を緊張して待っていると、女性が横から質問してきた。


「起動したのは最近?」

「起動って…なにをですか?」


彼女は無言で指をさしてくる。


「私…ですか?」

「うん」

「起きたのは今日の昼頃ですけど…」

「じゃあ、起きてすぐにあの人たち殺したの?」

「そう…ですね」

「なるほど、だいたい分かった」


完全に話題においていかれてしまっている。

彼らがここで何が起きたのかを調べているのは分かるが、いったいなんのために調べているのだろうか。

警察なら説明がつくが、見た目や私をここまで連れてきたやり口をみると、そんなふうにも思えなかった。


それに、私が目覚めたことを起動と呼んでいるのもなぜなんだろうか。

色々質問したいところだが、明らかに今自分は質問できるような立場ではない。

彼女と大男は私に聞こえないような小さい声でなにかを話し合っている。

今は彼らの話し合いが終わるのを待っておこう。


私がしばらくおとなしくして待っていると、部屋をひっくりかえしていた二人の内、少年のように小柄な方がぐちをこぼし始めた。


「もー、金目のものとか言われてもなんにも見つからないんだけど!」


どうやら、二人は証拠ではなく金目のものを探していたらしい。

返済といっているあたり、ここの住人は彼らに借金があったのだろう。


「その子買ったの最近なんでしょ?全部そっちの資金にまわしちゃったんじゃないの?」


少年はこちらをあごで指すような仕草をしながら大男に話しかける。

嫌な予感がしてきた。

そんなはずはないと思いたいが、ここまで状況がそろってしまうと嫌でも察してしまう。


「いや、こいつ一体買うだけでなくなるような額じゃないはずだぞ」

「わかんないよ、もしかしたらめちゃくちゃ高いモデルなのかも」

「ないと思うがなぁ」

「一回確認してみようよ」


そう言うと、小柄な男はこちらに近づいてくる。


「え、ちょ…待って」


嫌な予感がして抵抗の意志を見せるが、問答無用で顔から何かを外されてしまった。


「あれ?ここに型番とか書いてなかったっけ?」

「背中とかそのへんじゃないのか?」


なにもなかったかのように彼らは私の顔を覗き込みながら話を進めるが、自分はそれどころじゃない。


彼が当然ように持っているそれは、私の顔についていた何かではなく、私の顔そのものだったのだ。


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