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縄文転生 北の縄文からはじまる歴史奇譚  作者: 雪蓮花
第1章 神々より前 Before Gods 北のモシリ
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98.素晴らしい大地

ヤイェユカラと集落の人々に見送られて、俺たちは来た道を引き返す。

自分で釣りはできなかったが、久々に美しい魚を見て、そして味わうこともできた。

そして、なにより大きな収穫は、膨大な過去の知識。


確かにこれを使えば強力な毒も弓も簡単にできそうなする気がするが、知っているのとできるということは違うということも痛切に感じる。いや完璧な知識だからできるんだろうけど、その発動には普通の職人が何年もかけて、そして、その職人の伝えてきた悠久の時の中での勘や技術もトレースしていくので時間が掛かりすぎるのが難点だ。たぶん知識を引き出すのに慣れてない俺では、今朝の儀式の終わった直後のように気を失ってしまうかもしれない。そこまで行かずともフリーズ状態になりかねない。

ヤイェユカラが強力な毒と弓を授けてくれたのは、そこらへんのこともわかってのことだろう。


ヤイェユカラたちはすべきことが終わったので、少しずつ外界、つまり他の人々と交わり、やがてとけこんでいくだろう。そのためにも過度の恐怖心を取り除いておかなければならない。


ヌプカウシという萱の多く茂った山の麓まで戻ってきた。


古老たちはもう到着していた。

クチャコロノ(狩猟小屋に居る人)、サンニョ(賢い)、ホカンパエカシ(難しい老人)、ラメトクル(勇気のある男)、エラムイクルクル(心配する人)の5人だ。


クチャコロノ、サンニョはピウカ(玉石の河原)の集落の元長老格の古老だ。名前の通りクチャノコロが狩猟・採集など食料生産系、サンニョが交易系の元長老だ。


ホカンパエカシ、ラメトクル、エラムイクルクルの3人は周辺集落で特に影響力が強く、かつコロポックルを畏れている古老を選び出した。


古老たちに挨拶し、タタルとシカルンテも紹介する。

古老たちは戸惑っているようだ。

それはしかたないことだが、今回ウェン・カムの退治にはコロポックルの力が必要なのだと強く言い含めておいた。


シカリペツの廃村集落の少し手前までやってきた。

ここで、準備を整える。俺も念のため槍とナイフに毒を塗りつけて乾燥させる。

全員でかたまりながら集落を目指す。

集落は荒れ果てていた。

草葺きの家が多いからウェン・カムといわず、熊に襲われたらあっという間に壊されてしまう。土を被せた竪穴式住居でも時間を与えれば突破されてしまうが、多少時間がかかれば、住居の中から槍で応戦することも可能だ。草葺きだけだと一気に壁を破られれば応戦する間もなく襲われてしまう。


集落の中央で大きめの火を焚く。

普通の熊は火を恐れる。しかし、ウェン・カムは恐れない。でも、むやみに警戒中の人には向かってこない。人が油断して1人になったときや、弱いものと強いものとに分かれたとき弱いほうのグループを襲ってくる。よく人間を観察してから襲う。

この集落に入る前からウェン・カムには見られている。

狙いたいのは2人の女性のアシリクルとシカルンテだろうが、二人は俺たちにしっかり守られている。長期戦になればこちらがどんどん不利になってくる。


「オホシリ様、僕に囮役をやらせてください。」

タタルが言い出した。


「一番強そうな君が囮として役立つだろうか?」

「では、私が」

シカルンテが言いだした。

「いや、君はコロポックルの矢で僕が囮になってウェン・カムを引き付けている間に、毒矢を射かけて欲しい。」

タタルがウェン・カムの正面から、シカルンテが側面から矢で支援するのは、理想的ではあるが・・・。


古老たちに聞いてみる。

「ここのウェン・カムに罠や待伏せを試したことは?」


ウェン・カムは学習する熊だ。一度、罠や待伏せ、囮を立てて挑んでいるかどうかで作戦も考えなおさなければいけない。

「我々が聞いたところ、罠は試したようです。あと、腕の立つ者で討伐隊を作って山狩りをしましたが、その隙に集落を襲われました。それ以来は、集落に物をとりに戻ったものが何人か襲われました


それであれば、罠は無理でも、囮り作戦はいけるかもしれない。


「鹿肉を第1の囮にして、すぐそばにタタルを置いて第2の囮にする。シカルンテは我々が守りながら、最前でウェンカムが来たら矢を射かける。」


鹿肉を置き、タタルがそのそばで待伏せをはじめてしばらくの時間がたつ。


少し陽が傾いて、森の影が濃くなりこちらへ伸びてきたころ、ウェン・カムがあらわれた。その巨体を悠然と揺らしながらゆっくりと歩いてくる。

第1の囮の鹿肉の匂いを嗅ぎ始める。

少し口を付けたときに、タタルが立ち上がり槍を構える。

ウェン・カムは餌を横取りされるかと思ったのか、それとも、また新しい餌があらわれたと思ったのかはわからないが、タタルに向かって歩きはじめた。

その時、シカルンテの放った矢がウェン・カムの後ろ足の付け根辺りに刺さった。

毒は黒曜石から剥がれないように乾燥させてある。なので、溶けだして全身に回るまで、少しの猶予がある。まして、巨体の熊に毒が回って動きに影響が出てくるのにはしばしの時間が必要だ。


ここで、タタルが引き下がって様子を見ればよかったのだが、迫りくるウェン・カムに槍を向けて対峙したままだ。

そのときシカルンテが授けてもらったシベの歌の1節、神々の一覧を歌いだした。普通に聞こえるのは神々の名前だけだが、その中に、この地にいる数多の神々の名前とその功績、役割、人との関りの情報が含まれる。

この歌の力は脳に直接影響がある。言葉を知っている普通の人間には、言葉としてしか伝わらないが、言葉のわからない子供にはそこに含まれる内容も伝わる。コロポックルたちはそうやって、子供の脳を鍛えて、膨大な情報量を伝えてきたのだ。ウェン・カムは熊だから、人間の言葉はわからない。ただ、そのぶんウェン・カムにとって意味不明な膨大な情報が脳に直接注ぎ込まれる。

ウェン・カムが混乱したその時、それまで四つん這いだったウェン・カムが立ち上がって静止した。

タタルはその隙を見逃さなかった。

鋭い黒曜石の槍はしっかりとウェン・カムの胸に突き刺さっている。

その後、どさりと倒れこむと、槍は背中まで突き抜けた。

見事な戦士の一撃だった。


あっけなく、勝負はついた。

普通の熊ならいざ知らず、狡猾で恐れをしらないウェン・カムを立ち上がらせて一撃のうちに仕留められたのは、やはり二人の息がぴったり合ってのことだろう。


古老たちは大喜びだ。

若い集落自慢の男とコロポックルの女性が共闘してウェン・カムを仕留めたのだから。

ただ、古老エラムイクルクルが、シカルンテはタタルが好きだからいいとして、コロポックルの一族たちは大丈夫なのか心配している。


俺は、コロポックルの、シカルンテの両親や一族にも了承済みで、こちらに無事送り届けるために土偶も割って交換してきていることと、もともとこちらにいるコロポックルたちにも、今回のウェン・カムを倒すための弓矢と毒を出してもらったことを伝えた。


そして、呪いは最初からなかったと伝えた。大きな地震は数世代に1回は起きる。そのときサケもマスも上らなくなる。自然現象で神々でもどうすることもできないものだ。


夕焼けに遠くの山が染まっている。

「それより、トカプチは本当はトカプチュプ(太陽)の意味じゃないか?ここに来てからずっとお天気で、それでいて大河は水が枯れることがない。それに素晴らしい大地じゃないか」


俺が言うと、皆がうなずいた。


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