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縄文転生 北の縄文からはじまる歴史奇譚  作者: 雪蓮花
第1章 神々より前 Before Gods 北のモシリ
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88.コロポックル

この世界で戦争とか殺し合いというのは全く聞かない話だった。


どうやら、人と争う以上に自然の脅威に対処することのほうが優先になってしまうし、自然から得られる恵みに対しても、謙虚に受け取る姿勢だから人と争うことはほとんどなかったようだ。皆が貧しいゆえに助け合って、他人を嫉まない社会ができているのだろうか。


しかし、今までの時代と全ての地域においてそうだとは限らないということを知った。

以前、巫女のカンチュマリが文字は諍いの元といったが、昔は権力者が文字を普及させようと無理な支配体制を集落外にまで拡大させようとして頓挫したことがあったらしい。ほとんど昔話的な感じなので、実際あったかことなのかはわからない。


そして、現在進行形で人同士が諍いを起こしている地域があった。

豊か過ぎるゆえの諍いなのだろうか。

トカプチという名前からそんな予感がしていた。

トカプチは最近言われはじめた地名だという。


今年も現世の長万部の近くにあるピリカノ・ウイマムに交易に行くが、思い切って早く出立してトカプチを目指すことにした。

今回は出発からアシリクルと2人とピリカの1匹だ。

早めに出発したのはアンヂ・アンパヤラやタタルとマコマイの交易中継集落で出会えれば、そこから戻る交易団に随行できるのではないかと思う。

ピリカももう長距離を歩いても大丈夫なくらい成長した。


ウス(有珠)まで順調な旅だった。

俺は現世の頃なんども北海道を旅行しているので、おおよその地形から残りの距離はわかる。もちろん歩いて旅行したわけじゃないので、距離がわかるだけで実際のかかる時間は少しはずれることもある。こちらにきてだいぶ時間も読めるようになって、真っ暗になってしまって寝床の準備が大変ということは無くなってきたはずだが・・・。

現世の室蘭を横切るのにけっこう時間がかかって、虎杖浜あたりだろうか、そこでの野営の準備がすっかり真っ暗になってしまった失敗ぐらいだろうか。


登別の付近はけっこう火山活動が活発なようだったが、通る分には支障なかった。

天候にも恵まれて予想の日程でマコマイ(苫小牧)に到着した。


集落の長に挨拶に行くと、まだアンヂ・アンパヤラやタタルは到着していないようだ。

近くに美しい泉があるという。

丸木舟を借りてペツペツ(川・川)現世の美々川を遡る。細い川がいくつも、そして幾重にも蛇行してまさしく川だらけの場所だ。そして、上流のほうへ行くと丸木舟では行けなくなった。そこから川沿いに歩いていくと美しい泉があった。

その泉に1人の少女が佇んでいた。


「このような場所でどうされましたか?」

俺は声をかけた。少女は悲しそうな顔をして何も話さない。


「私たちはこの美しい泉を見に来ただけなので、お邪魔でしたら立ち去ります。ただ、何か困ったことがあったら遠慮なくどうぞ。旅の途中なのでお手伝いできることは少ないと思いますが、旅で得たいろいろな知識がお役に立つかもしれません。」

そう話しかけると、少女はそこを立ち去ろうとしたが、足を止めて振り向くと手招きをした。


少女も俺たちも川の水の中に立っていたので、近くの岸に上がり腰を下ろす。

北海道のフキは大きい。現世の頃のアキタブキよりも大きくて、俺の背丈と同じくらいだ。

フキの下の人、コロポックルというが、小人でなくても十分フキの下の人だ。


少女が口を開いた。

「私はコロポックルのシカルンテといいます。」


本物のコロポックルがいた。

驚きだ、伝説ではなかなか姿を見せないという。

背丈は俺と変わらない。

縄文人やアイヌ人より少し肌の色が白い気がする程度で違いはまったくわからない。


アシリ・クルはそれを聞いて後ずさって俺の後ろから耳元で小声で言った。

「オホシリ様、コロポックルはこちらの人々の間では呪いの言葉を操るといわれています。」


見た目は普通の少女だ。

ただ、伝聞では少女を留め置いて、怒ったコロポックルが呪いの言葉を吐いて、それがトカプチ、水は枯れ、魚は腐り、人も絶えるという呪いの地名のもとになってしまったという。


「いや、何か事情がおありのようだ。無理強いはしない。」


少女は話し始めた。

もともとコロポックルの一族は古くからシベ(鮭)の獲れる豊かな土地で暮らしていた。やがて、新しい人々が移住してきたが、最初のうちは仲良くやっていたそうだ。もともと鮭をとるのにすぐれていた彼らは、後から入ってきた人たちにも漁法を教えたりして関係もよかったという。

ただ、後から入ってきた人々は、鮭のほかに狩猟も行うが、それに関してはコロポックルよりも優れていたという。理由は黒曜石だ。

シベの川の多くで黒曜石が採れる。

やがて後から入ってきた人たちは、コロポックルたちに鮭漁をやらせて、自分たちは黒曜石の採取と加工に勤しむようになる。

それでも最初のうちはコロポックルも鮭を後から来た人々に与えていたが、やがて後から来た人々はだんだん横柄になっていく。黒曜石だけでなく、シカやクマなど黒曜石の武器で圧倒的に優位にたった人々は、だんだんコロポックルを下に見るようになってきたという。

そのうち、コロポックルの娘に手を出すようになってきた。

我慢できなくなった彼らは、それでも、武器を持っているわけでもないし、少しでも後から来た彼らに報復したい気持ちで、大規模なトカプチの呪いをかける祭祀を行ったそうだ。


「本当に起きてしまったのです。大地が大きく揺れて、川は濁り、魚は岸に打ちあがり腐り、シベの川に海から大波が逆らい上に流れ、4年間鮭がまったく上がらず。私たちは大地を穢してしまったと、恐ろしくなって移住を決意しました。」


たぶん大地震があったのだろう。

東日本大震災でも一時的に鮭がのぼってこなくなった。他にも奥尻島の地震でもそうだった。

ほとんど偶然に呪いの祭祀と、実際の大地震が重なってしまったのだろう。

この時代、この地域でサケが遡上しないということは存亡にかかわる大事件だ。

コロポックルの人々の罪悪感も強いだろうし、大規模な祭祀で呪っただけに、後から来た人々やアシリ・クルですら知っているくらい、コロポックルの呪いの強さは人々の意識に定着してしまったのだろう。

彼女たちはここの近くに隠れ住んでいるという。


「それで、あなたは何を悩んでおられるのですか?」


「実は好きな方ができたのですが、その方は、そのトカプチの方なのです。もう少しでその方が、こちらにいらっしゃっるのですが、昨年別れるときに、来年は結婚のために連れ帰るとまで言ってくれているので悩んでいるのです。私がコロポックルだとは知らないのです。」


呪いを与えた自分たちが再びトカプチ、しかも、お互い敵視している関係でとなると難しいだろうな。科学のない時代だと・・・。


「呪いは偶然だ。地震という大地の揺れは長い年月で必ず起こるものだ。そしてたまに人の知りうる以上の脅威を与える。私はかつて数百年に一度のその大地震を経験したが・・・確かに経験すると恐ろしいな。でも、それはコロポックルの呪いで起きたものではない。あなたが、それを気に病む必要はないが、問題は相手だな。あなたは彼にそれを打ち明けようと考えているのですか?」


「たぶんダメになると思いますが、それでも言わないで別れてしまうよりはと思います。もし、万が一、あの方がそんな私でもいいと言ってくれたなら、私は集落を捨てて呪いの大地に戻る覚悟はあります。」


少女のその覚悟に、アシリクルも何とかしてあげて欲しいという。


「彼に本当のことを打ち明けるにせよ。周りには知られないようにしたほうがいいだろうな。ここの近くにコロポックルたちが住んでいることが知られてしまうし。」

俺はその彼との仲介役をかって出ることにした。集落の人や、彼の交易団の仲間に聞かれないように、話を進めることにした。

「彼の名前は何というんだい?」


「トカプチの黒曜石交易団のタタルとおっしゃる方です。とてもステキな方です。」

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