78.クジラ
セタウチには犬のお礼に小さなヒスイを、アンヂ・アンパヤラにはお近づきの印にということで、クジラの骨で作ったペーパーナイフより小さいが首飾りにでもきるサイズの骨刀を贈った。
アンヂ・アンパヤラからは黒曜石でできた大きめのナイフをもらった。使い古しだが、最上級の大玉から作ったナイフだという。
子犬はアシリクルが受け取って大事そうに抱えている。
アンジ・アンパヤラ「ところで、オホシリ様はこちらへはどのくらい滞在予定ですか?」
「私たちはとても良い子犬に巡り合えましたし、すぐ明日にでも出立できます。ただ、戻りはこのまま西へ向かいたいと思いますが、ピリカノの集落を出るときにこの途中でオオカミが出ると聞きまして、向こうに向かう交易団に随行しようかと思っています。」
「では、もう少しまって、後続の交易団が着いたら、一緒に出掛けましょう。おそらく1日,2日で後続が来ると思います。」
この日は、アンジ・アンパヤラたち交易団が先に入っていたので、俺とアシリクルは集落内にテントを張って泊まろうとしたら、高床式の倉庫の下が空いているといわれて、そこに寝床を作って泊まることにした。
といっても、集落の長老やアンジ・アンパヤラたちと遅くまで宴会を楽しんで寝床に戻るころには東が白み始めていた。
ちなみに、久々に貝尽くしの料理だった。
翌日は次の交易団が来るまで暇だ。といっても、あまり遠くまで離れるわけにはいかない。後続の交易団が着けばすぐに出発するからだ。それに、オオカミの存在もこわい。
アシリクルと子犬を連れて、東に少し行った見晴らしのいい丘に来ている。現世でいうと伊達市の市街地を一望できる場所で、たしか公園になっていたと思った。
ここで、子供のころ遊んだ記憶がある。祖父がここで仕事をしていて夏休みとか訪れたことがあるのだ。
タコの滑り台があったのは覚えているが、それも遠い昔。いや、今から見ると遠い未来なのだろうか。
感慨深く緑の原野、真ん中に大きな川が流れているが、ちょうどその川を渡ったあたりからも交易路が東に続いている。その道を7,8人で歩いてくる一団が見える。
ここに着くまではまだまだかかりそうなので、草原に寝ころびながら隣で子犬と戯れるアシリクルを見ながら微睡む。
アシリクルも向こうから来る交易団に気が付いたようだ。
集落民にしてはかなり大きな荷物を背負っているので交易団だとすぐわかる。
だんだん、近くにきて手を振ったら向こうも応えてくれた。
子犬も喜んで走り回っている。
前を歩く長老格と思われる男に話しかける。
「物見の氏族、塔の集落のオホシリといいます。トカチプの黒曜石交易団とお見受けしますが?」
「はい、タタル(黒い)と申します。こんな遠くで塔の集落の方にお会いするとは。ということはやはり塔の集落は火山の噴火で?」
「いえ、交易路や集落自体は無事でしたが、狩猟・採集場が大幅に減りましたので、一時的に北の物見の氏族のところに集落を拓きました。今回はピリカノ・ウイマムまで交易団を引き連れてきましたが、私と連れのアシリクルとでこちらまで来たところです。昨日アンジ・アンパヤラ殿とお会いして子犬を譲っていただいたところです。」
「アンジ・アンパヤラ様はまだこちらに居られるということですか?」
「はい、この先でオオカミが出るらしく、西へ向かう場合には大きな団体で向かうほうが良いといわれ、留まっているところです。」
タタルたちの交易団と一緒にウスの集落へ戻る。
途中の海岸線でクジラがシャチに追われて浅瀬に来てもがいているのを発見した。俺がアシリクルにウスの集落へ知らせに走るように行って、タタル達交易人も荷を街道脇に降ろして、海岸に見に行く。
クジラはかなり浅瀬まで来ていて、そのすぐ沖側をシャチがクジラを引っ張ろうとしてる。
何かしきたりとか流儀があるのだろうか?
シャチはレプンカムといって神格のある生き物だし、いまさらクジラに肩入れすることは現実的ではない。はっきり言って助けることはできないが、脅して海に戻してシャチに肩入れすることはできるかもしれないが・・・。
黒曜石の交易団だからかなり立派な黒曜石の槍も持っているがタタル達も茫然としている。
内陸の氏族だから、クジラを生きている状態で間近で見るのがはじめてだという。
そうこうしている間に、干潮のせいもあって、クジラはすっかり打ち上げられた状態になって、シャチは引っ張るのは諦めたようだが、沖のほうを回遊している。




