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縄文転生 北の縄文からはじまる歴史奇譚  作者: 雪蓮花
第1章 神々より前 Before Gods 北のモシリ
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76.初交易

ピリカノ・ウイマム(良い交易)はもともと小さな狩猟採集だけの自給自足系の集落だったが、ここで交易路は噴火湾沿いで東に向かう方向と、内陸に入り日本海や羊蹄山の麓から積丹半島の余市や小樽方面の方向にわかれる。おのずと人や物が集まるため、交易の物々交換が盛んになった。

集落の名前ピリカノ・ウイマム(良い交易)は交易のための物々交換の市が開かれるようになったことと、美しい海岸線が見えることから自然とそう呼ばれるようになったらしい。

長い名前なのでピリカノ、もしくはピリカとよばれている。

そういえば、ピリカという地名は、現世ならここよりも内陸にあったと思った。


ピリカノには物見の氏族と地元集落民の共同で建てた竪穴式住居と高床式の倉庫がある。どちらも、物見の氏族は交易の時しか使わず、普段の管理は集落民にまかせている。交易のない季節は集落民が倉庫などで利用してもらうかわりに、交易時の夏至からの秋分までは物見の氏族の交易団が使用する。

ピリカノの集落に管理料的な意味合いで、集落の神様へ供え物を手渡す。

葡萄籠ごとのスルメ、干ししいたけなど乾物系が中心だ。他にひとつだけヒスイがある。

ここで、黒曜石とヒスイの交換で交易を行う。他にも交易品はあるが、交換率が良くて小さくて荷物にならないのは南方のヒスイが一番いい。メノウや錦石の類は北海道でも採れるので、人気はあっても交換率は低くなる。同様にアスファルトも交易品として使うのは、道南のこの地域までが限度だという。漆製品は人気があるが土器ほどでないにしろ嵩張るので交易品として持ち歩くのは面倒だ。

そういった諸々の理由で物見の氏族は本州側のヒスイをメインに黒曜石との交換を行う。

そこらへんの商談はアヂ・ノ・チプ(黒曜石の船)とその部下たちに任せて、俺とアシリクルはもう少し北のウスへ向かう情報収集と準備をする。


ピリカノの集落の人に聞くと、やはりウス方面に向かう途中の峠でオオカミが出没するらしい。10人以上の集団であれば襲われることはないが、数人ぐらいだと非常に危険だという。交易のはじまりの季節なので、こちらへ向かう交易団は多いが、ここから東や北へ行く交易団はまだ少ないという。

遠回りになるが北へ向かい、マッカリ(真狩)から南下して原初の神の湖のトヤ(湖の岸)おそらく洞爺湖のことだろうか?に出てウスに向かうルートが安全だという。

時期的にはウスからこちらに向かう交易団は多いので、帰りはこちらに向かう交易団に随行すれば安全なはずだということだ。


俺とアシリクルは準備と情報収集に1日かけて2日目の早朝にピリカノを出発。

情報収集の通り北回りでウスへ向かうことにした。


1泊目はシュㇷ゚キペツ。現世でいうところの黒松内町の朱太川付近だと思う。現世ではサケマス増殖河川で釣りは禁じられていたと思ったが、この時代は関係ないので何匹かヤマメを釣って、夕飯にする。

集落についてびっくりしたのは、イトウの皮がなめして干してあった。

現世の頃はイトウはすぐ北側の尻別川には生息していたが朱太川は生息していなかったと思う。

集落の長に挨拶をする傍ら、イトウについて話を聞く。

朱太川にもいるが、大きなものはやはりシリ・ペツ(尻別川)にいるという。

皮もシリ・ペツの集落で手に入るらしい。


翌朝、早めに出発する。

現世でいうところの蘭越町付近だろうか。ニセコの山々、そして羊蹄山が見えてきた。

ニセコの山々も少し噴気が見られるが、羊蹄山はけっこうな高さまで噴煙を上げている。噴煙といっても色は白いので水蒸気がほとんどだと思うが、上空かなり高い位置まで上がって、そこから消えずに東の空にたなびいている。

比較的大きな集落に着いたので、少し情報を集める。

これより先の集落は、かなり小さいうえに羊蹄山の噴火の影響を受けて、留守の集落民しかいないらしいので、ここで泊って、明日は少し距離が延びるが一気にトヤ(洞爺湖)の近くまで行ってしまおうとアシリクルと相談した。


ここで、持ってきた交易用のヒスイとイトウの皮を交換する。

イトウは現世の頃は、生息の南限がこの尻別川で北海道の道東、道北に生息する大型のサケ科魚類だ。この時代は、比較的大きな川であればもう少し南まで生息しているようだが数は少ない。アイヌ民族はこのイトウはチライといって皮も靴などに利用していたが、この時代、この近辺も同じように使っているようだ。


イトウの皮は鮭の皮よりも丈夫で、靴などを作るの最適だ。

一気に荷物が増えたが、何となく交易人になったような気がした。

南ではなかなか手に入らないので、交易品としても価値があると思うのだが。

帰ってからの皆の反応が少し心配だ。


羊蹄山の噴火は集落自体に大きな被害はなさそうだが、俺たちの塔の集落と同じように、降灰や火砕流で狩猟・採集場が減少したために、一部住民の一時的な移住を余儀なくされたようだ。小さな集落は1、2家族が留守にいる程度なので、交易人を相手にしている余裕はなさそうだ。


今日はこの旅で一番距離が長そうなので足早に通り過ぎる。

もうそろそろ洞爺湖が見えてもよさそうなところで、陽が沈みかけてきた。


「オホシリ様、そろそろ寝場所の確保をしませんと」

アシリクルが心配そうに声をかけてきた。


「今日は野宿しかなさそうだ。」


集落でも客用や長老格の余裕のある竪穴式住居で寝られることもあるが、ほとんどは集落内に自前のテントみたいなものを張って雨露をしのぐ寝床を作る。

だから、別に集落にこだわる必要はないのだけど、オオカミ、クマなど野生動物の襲撃を防ぐ意味でもできれば人の住んでいるところか、その近くに寝床を作りたいのだが。


「うぅーん。この辺りで安全そうなところは・・・」


俺は辺りを見回すが、森は切れて高原風に見通しはいいのでクマは大丈夫だけど、オオカミはどうなんだろう?オオカミがどういった場所でどのように狩りをするかは知らない。


「私が夜の番をしますのでオホシリ様がお休みください」


そうか交代で番をすればいいのか。

「いや、交代で番をするから」


早速、薪や草を集めて火を焚いて寝床を作った。

遠慮なく先に眠らせてもらった。


時計がないので時間の感覚はないが、12時頃だと思うが、アシリクルと交代した。アシリクルはすぐ隣で寄りかかるようにして寝ていたが、そのうち俺の腿を枕にして眠りについた。それからしばらくして東の空が白んできた。


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