75.遊楽部
アイヌ語の中で響きが好きな地名のひとつ遊楽部。
地名はそんな昔からあったとは思えないけど、響きが好きな所は作品に取り入れることにしました。
集落を出てしばらく行くと、温泉の川が流れているところに出た。
位置的には濁川かな?
温度はぬるめ、温水プール程度しかないが、温泉独特の匂いがして、やや茶色で白濁している。
この上流には濁川カルデラがあって現世の頃は地熱発電所もあり、温泉宿も数軒あった。
「アヂ・ノ・チプ(黒曜石の船)、この川は温泉だよな。上流には温泉が湧き出していると思うが?」
やっぱり気になって聞いてみる。
「神々の温泉といわれるものがあります。入浴するためではなくてアットゥシ(シナノキ、オヒョウなどの樹皮)を漬けて精練するのに使うようです。」
やっぱり入浴向けではないのか。
少し残念だ。
さらに進むと、ユ・ラン・ペツ(遊楽部川)に出た。比較的大きな川でサケマスが大量に登ることから、周囲に大きな集落がいくつかあって、とても賑やかなところだ。
目的地の黒曜石の市の開かれる集落まではすぐだが、そのまま行っても暗くなってしまうのと、情報収集のためにここで1泊していくのだそうだ。
自給自足系の集落だが、交易団の往来も多いので、大堂ではないが、やや大きめの集会所を兼ねたような竪穴式住居があり、交易団は早い者勝ちでそこに泊ることができる。
地元民の話では、今季最初の交易団でいつもより3,4日早い到着なので竪穴式住居は俺たちだけだった。
アヂ・ノ・チプ(黒曜石の船)が有力な集落民を3人ばかり竪穴式住居に招き、話を聞いて情報を集めている。
「オホシリ様、黒曜石の市の開かれる集落の先はオオカミが出て人も襲われることがあるそうですが、いかがしますか?」
俺は、市の開かれる集落にアヂ・ノ・チプと交易関係の5人を残して、俺とアシリクルと2人でもう少し先のウス(伊達市)まで行こうと思っていた。
ウスまで行くとかなり優秀な犬が手に入ると聞いたからだ。
「まぁ大丈夫だろうと思うが、もし北へ向かう人がいれば同行させてもらうようにする。大きな集団なら問題ないだろう。いない場合は諦めるしかない」
他にもいくつか新しい情報が得られた。
一時的に黒曜石の入荷が滞った原因は、一つは羊蹄山の噴火、もう一つも火山噴火だが樽前山ではなさそうだ。場所はクッタルシと言っていたので倶多楽湖近辺の水蒸気爆発のようだ。
どちらも、交易路中に大きな被害はなかったようだが、近くの集落が移住を余儀なくされたようで、遊楽部の集落でも何家族か受け入れているらしい。
俺が行こうとしているウス(有珠)の情報だが、現世では活発な火山活動で有名な山だったがこの時代は大きな噴火はないようだ。
街道にオオカミが出没する以外は問題はないそうだ。
アシリ・クルはもう寝てしまったが、その後もいろいろな情報を聞いて、遅くまで起きていた。
翌朝は残りの距離も僅かなのでゆっくりの出発だ。
途中、いくつかの集落があるがそれほど大きくない。
やがて、長い海岸線が見渡せる丘伝いの道の先に目指す集落が見えてきた。
アヂ・ノ・チプ「ピリカノ・ウイマム(良い交易)の集落が見えてきました。」




