69.北の宴
今日はカンナアリキの集落に移住した集落民も含めて全員が集まることになった。
さすがに完全に集落を空けるわけにいかないので、宴会は2回に分けた。昼前からはじまって、日暮れまでに帰る組(子供や母親、酒を飲まない人、老人)とその人たちが帰ってから集落を出てくる人に分けた。そちらは酒飲みがメインの人たちだ。
俺は、調理係だが、昼の組の調理がメインだ。呑兵衛たちは酒があればいいので、料理は昼の部の残りといつも通りのもので十分だ。
調理の都合上、前日からカンナアリキの集落に泊まっている。珍しく1人で寝ている。レブン・ノンノと来たが、母親のカンナアリキのところで寝るという。俺が去ることがないという安心感が出てきたのだろう。
翌朝、カンチュマリとアシリ・クルもやってきた。集落の炎のほうは夜の酒飲み組が見ていてくれるという。まぁ酒が入る前だから大丈夫だろう。
さすがに、大鍋の土器はないが、そこそこ大きな尖底土器を竃に何個か用意してもらって。鯨鍋を作りはじめる。乾燥させたキノコも入れる。もともと塩味ベースの鍋だから、きっと再現は完璧だろう。
これだけだと、つまらないので、ウルシ・アチャ(漆の伯父)に頼んで、希少なエゴマの油を分けてもらった。本来調理ではなくて漆工芸、漆をのばし、光沢を得るために使うという。だが、今日は生きのいいヒラメが手に入ったので、たっぷり油で揚げる唐揚げは無理でも、オオウバユリのデンプンなど粉ものを衣に揚げ物っぽいものはできるかと思いチャレンジする。
そういえば、塔の集落でも油をもらって作っていたが巫女と俺だけで食べて他の人には食べさせていなかった。油を使う時はできるだけ焼きしめられた土器を使ったほうが油が無駄にならないが、儀式用の皿で何枚かは利用できそうなものがあった。
他にも巫女たちに手伝ってもらって何品か作る。
まだ遡上している生きのいい鮭を使った、ちゃんちゃん焼き?味噌はないので塩漬けの山菜などを上に被せて土器の上で蒸し焼きにしたようなものなどは、巫女たちに任せて作ってもらった。
冬至の祭りも兼ねた感じの宴会がはじまった。
鯨鍋もヒラメの揚げ物的なものも好評だ。ただ、同じものがまったくないわけじゃないらしく、もっと喜ばれると思っていた俺としては微妙な感覚だ。
それでも、みな楽しくやってくれている。
来年は、俺たちの集落でも同じような宴会を催したい。
そのためには、早く北の大地に慣れないといけない。
そこらへんの情報収集も大切だ。
「カンナアリキ様、クジラはどこで獲れるのですか?」
肉以外にも工芸品など利用価値の大きい素材の情報は重要だ。
「主に湾になっている砂浜で獲れます。レプンカムが私たちに贈り物をして下さるのです。」
アイヌの伝承でもシャチが鯨をもたらしてくれるというのがあったような気がする。
おそらく、シャチが鯨を追って追いつめた先が、砂浜でたまたま人に見つかって獲ることができるのだろう。今の丸木舟の技術水準じゃ、イルカ猟がぎりぎりできるかどうかのレベルだろうから。
「少し北の砂浜には毎年のようにレプンカムの贈り物が届きます。私たちの集落や、オホシリカム様の集落の近くの砂浜にもごく稀に届きますから見逃さないようにしたほうがいいですよ。私たち北の物見の氏族の仕事のひとつでもありますから。」
それは知らなかった。青森のほうの塔の集落、そして物見の氏族の主な仕事は交易上のものが中心だと思っていた。
まぁ物見の氏族以外にも、近くに砂浜の湾がある集落は、海の監視も怠ることはないという。イルカ猟のタイミング、そしてシャチが鯨を追って砂浜に追いつめる時などを監視しているのだ。
大きなものが獲れると、塩蔵しても一集落で全て平らげることはできないから、周囲の集落同士で分け合うことも多いという。骨の工芸品も重要な交易品となる。
うちの巫女たちもその話を聞いて、やりがいのある仕事ができてうれしそうだ。
来年は海岸段丘の海側にテラス付きの高床式の寝殿を建設しよう。
そうすれば巫女たちも海の監視がしやすくなるだろう。




