6.巫女たち
カンチュマリ(天空のキツネ)カント・シュマリはこの集落の巫女だという。
塔は代々巫女、つまり女性が管理するのだそうだ。
1人では大変なので、巫女の代が変わるころ合いか、本人がその任に堪えられなくなると、若い女性、主に長女以外から2名選ばれるという。こちらも巫女と呼ばれる。塔から出られないということはないが、3人のうち必ず2人は塔にいなければならない。
今日の宴は先日亡くなったカンチュマリの大叔母についていた2人が留守を守っていた。亡くなって1日も経っていないから前の塔の巫女たちも現役として仕えている。そして塔の役割は重要なのだが、それを知るのは後日だった。
カンチュマリについている2人の名前を教えてもらう。それと姿をなかなか見せようとはしないが、前の巫女たちも紹介してもらう。
カンチュマリについていた2人の巫女は、1人はミナ・トマリ(笑う港)トマリはアイヌ語で港だったのは覚えている。もう1人はレブン・ノンノ(沖の花)レブンは海の向こうだったかな。名詞はどうやらアイヌ語が多いようだ。それに日本語の古語も多少あるようだが、人の名前については今のところアイヌ語のようだ。
先代の巫女についていた2人はレタルヌプリ(白い峰)とフレル・ヤンペ(赤い嵐)。先代についていた2人は、亡くなった先代巫女のもとにいなければいけないとかですぐに塔をあとにした。
残ったカンチュマリ、ミナトマリ、レブンノンノ、それぞれに声をかけて、ここには俺含めて4人以外誰もいないからと、一緒に食べるよう勧めた。最初は遠慮がちだったが、こちらがいろいろ質問して徐々にうちとけた雰囲気になってきた。
3人とも頭には麻布のようなざっくりと編んだ大きめの鉢巻きのようなものを巻いている。ミナトマリは黒いストレートの髪が美しいし、笑顔がとても素敵な少女だ。レブンノンノはショートカットなのか少ししか見えないので髪色はよくわからないが白っぽい髪をしている。少女で白髪ということではないと思う、たぶん銀髪?少し無表情なぶっきらぼうな感じだ。カンチュマリはたぶん髪色から名前が決まったのだろうか、赤毛の髪だ。
だいぶ打ち解けてきたころ、レブンノンノが難しい質問をしてきた。
「神様のお名前は?なんの神様ですか?」
カンチュマリはレブンノンノを諫めたが、俺は問題ないと言った。
俺「何の神様だったら、みんなはうれしいのかな?みんなは何の神様に来てもらいたかったの?」
ミナトマリ「海の神様。だって海からいろんなたくさんの物をもらえるもの。海の神様がいてくれたら、きっともっとたくさんの美味しいもの、きれいなもの、暮らしが楽になるものがどんどんやってくると思うの」
俺「レブンノンノは?」
さっきカンチュマリに諫められてしゅんとなっている。
レブンノンノ「私はみんなが幸せに暮らしていければそれでいいです。」
あいかわらずしゅんとしている。
俺「カンチュマリ、俺は何を期待されてここに?」
カンチュマリ「ここはまだ周りと比べると豊かな村ですが、ほかの地では死の灰に覆われたとか、大波にのまれたとか、大いなる災いの噂が絶えません。昔は多くあった巨木も少なくなり、海の魚たちも数が減り、大きさも・・・川は赤い水や、臭い白い水を流し、大いなる白い峰々の一部は焼けただれ、神々の大きな湖も沸きたっているといわれています。今は暮らしていけますが、どうか道をお示しいただきたいのです。」
やはり噴火直後か、噴火間近なのかもしれない。
俺「神々の国ではユウダイ(雄大)というが、君たちになんと伝わるだろう?どういう意味かというと、ユウとは男のように力強いという意味でダイは大きいだ。どちらも似た意味があるのだが。ユウダイという言葉のヒビキは、そうだな、ちょうどこの塔の上から見たすべての景色のようなものだ。」
カンチュマリ「オホ・シリ・カムでしょうか?」
オホ?雄大の古語だろうか。
確かに昔は大だけで雄大の意味もあったと思うが、大きいの意味はアイヌ語のポロ。
よく聞いてみると海や天空の大きさ、など唯一で比較できない大きなものはオホ(大)を使うようだ。
そしてカムイではなくてカムなんだな。シリはアイヌ語で山や大地だったような。
カンチュマリ「遠く南の地では地に下りた神はミコトと呼ばれているらしいのですが」
俺「ではオホシリでかまわない。塔にいる間はここは我が家と思っている。カムはつけなくてよい。」
俺「カンチュマリ、ミナトマリ、レブンノンノ3人ともここでは家族と思っていてもらいたい」
カンチュマリ「はい、ありがとうございます。」