作戦
アヂ・ノ・チプ(黒曜石の船)とアシリ・ウパシ(新しい雪)の2人の長老を呼んだ。それと土地の古老たちにも来てもらった。
この時期の熊は素早いうえに、雪上と違い森の中は見通しが効かずとても危険だ。普通の熊猟のやり方では対決することはできない。広い場所に帯びよせてから、大勢で取り囲んで弓矢と長槍で仕留めるか、あとは大規模な罠を仕掛けるかだろう。
近世のアイヌ民族なら猛毒の矢を使った罠を仕掛けられると聞いたが、この時代の者がそれをできるかわからない。
ただ、熊が来そうなところに罠を仕掛けるのは、仕掛けるまでの間、仕掛け人が危険にさらされることになる。普通の熊ならいいが、すでに人を襲い、その味を覚えてしまった熊相手に危険を冒すわけにもいかない。
そこのところを2人の長老と土地の古老たちに意見を求めた。
古老アチャポ「この辺りには、本来カム(神)の称号を持つ熊などいませんでした。あれは、ここや南のモシリに生息する闇夜の月といわれる熊とは違うと北の人々は言っています。あれはキムン・カムが人を喰いウェン・カムになったものだと。」
古老オタウシ「キムン・カム(山神=熊)ですと、罠でも捕らえることができますが、人を喰いウェン・カム(悪い神=悪い熊)となったものは、人の知恵がつき罠にかけることが難しくなると聞いています。それどころか、罠を仕掛ける人間も待ち伏せて襲います。かといって集落をあけて大勢で出かけると、その間に集落を襲い女子供を襲うとも伝え聞きます。なにぶん、もともとこの辺りにいないものを相手ですから、我々古老も役に立つことができません。」
俺「アヂ・ノ・チプは姿を見たんだな?」
アヂ・ノ・チプ「はい、集落を警戒中でしたが、夜明けの少し前に森のほうから現れました。」
俺「その時は、こちらで何かしたか?」
アヂ・ノ・チプ「大声で人を呼び、干し草を焚火にくべて火の勢いを強めました。ただ、人が来て火が強まる前に森に消えました。」
俺「大勢で森に入っても、さきほど古老が言った通り、この集落が危険にさらされる。罠もまた同じだろう。おそらく他の集落民も試したはずだ。方法としては集落の山側の笹原におびき寄せて取り囲むのが良いと思うのだが。」
アシリ・ウパシ「問題は取り囲もうにも、裏手に回ることができるかですな。冬眠中や冬眠のめざめ直後の熊と違い、この時期の熊は素早いですからな。オホシリ様もご自身で体験なさってお分かりと思いますが。」
そうだった。十和田湖の火山調査の帰りに熊に襲われて、その時は本当に偶然に熊を仕留めることができたが、あの熊の動きは狡猾に狙いを定めて素早かった。
俺「木柵の先を尖らせ、少し斜めに向けて、ちょうど熊の顔が来る辺りに先端がくるようにして、設置できないだろうか。形としては熊をおびき寄せる部分は入り江のように入り口を狭くし、それを取り囲むように木柵で通路を作り、熊がその中に入ったらその通路を一気に走り森側の入り口に長槍を持ったものを待機させる。その後に木柵越しに毒矢を射かけるのはどうだろう。」
アヂ・ノ・チプ「どうやって、そこに誘導するかですな」
アシリ・ウパシ「何か動物、肉か何か用意しましょうか」
熊は偏食性がある。一度口にしたものを執拗に狙う。
まさか人を囮にするわけにもいかないし。
俺「熊というのは一度狙った獲物に執着する。獣の肉に女物の使い古した衣服を被せておびき寄せることができるかもしれない」
アヂ・ノ・チプ「明日から黒曜石の長槍の準備をはじめます。」
アシリ・ウパシ「では、長槍ができるまでの間、木柵の設置を行いますので、オホシリ様には設置の監督をお願いします。長槍ができましたら、地元の集落民に協力を求めて長槍隊と弓隊を組織して訓練を行います。」




