冬の越しかた
冬至の祭り?というかどんちゃん騒ぎが過ぎると祭りらしい祭りは春分のころまで何もない。何もないが、大堂は夏以上に、理由をつけては皆が集まって酒盛り会場になる。
彼らは弁舌が大好きだ。流れるように歌うように、自己主張をする。だれも途中で意見を挟まない。とにかく言いたいことを出し切るまでしゃべり続ける。あまりリズムよく長く喋るものだから、聞いてるほうも、時折、引っかかるような、気になるようなことがあっても最後にはそんな細かいことは忘れている。流れるようにリズムよく喋るのが流儀だから、聞きながら寝ているものもいる。喋り終えるとまた別の者が滔々と喋りはじめる。喋りはやがて歌となる。
大堂の夜はそんな感じで賑やかなのだが、日中も意外に人の出入りが多く賑やかだ。
今は輪かんじきを作っている。しなやかな木の枝や、笹などで輪っかを作り、縄で靴に固定する。積雪期に歩くとき雪に沈まないようにするものだ。ここが異世界確定ならスキーを作るんだけどな。八甲田というとやっぱりスキーでしょ。
で、冬場はまったく外に出て狩猟がないかといえば、そうではない。渡り鳥の狩猟もあるし、何よりも熊猟が集落の大事な狩猟イベントだ。
そのために狩猟に参加する人数分の輪かんじきを作っているところだ。
俺も猟に同行することにした。
ちなみに巫女からは当然熊猟経験者のアシリクルが俺の護衛ということで一緒に出ることにした。
けっこうな大人数で早朝の暗いうちから出かける。
靴は革製でロングブーツで夏の時と違って、大きめに作られていろ。保温材に草で編まれたインナーが入っているのだ。それに、大堂で作った輪かんじきを着けて雪原を歩き山に入っていく。
正直、八甲田の厳冬といえば、あの雪中行軍の悲劇が思い出される。
とはいうものの、あの雪中行軍は軍隊ならではの独りよがりで地元民の意見を聞かない無茶の上で起きた悲劇。今回は現地民、そして、圧倒的に冬山知識のある集団だから心配ないと思っている。俺自身もスキーをして、冬山の経験もあるから、大丈夫と思う。まぁ装備は近代的なものはひとつもないから、それを補う経験と様々な縄文アイテムに期待しようと思う。
ちなみに、あの雪中行軍の悲劇の中でも別の隊は事前に訓練をして、地元民の意見を取り入れて成功させている。悲劇のほうにばかり目が行くが、きちんと地元の情報と協力を得ていれば悲劇は起きなかったのだ。
狩猟は15人ぐらいで行く。俺とアシリクルが加わって17人だ。この人数のうち、半分はサポート要員といっていい。いざという時に、雪洞を掘ったり、燃料の木を集めたり、もちろん、狩猟後にクマを交代で運ぶためにも人数が必要なのだ。夏場ならそんなに人数はいらないが厳冬の雪の中を、つまり雪中行軍するのは体力と時間が必要になる、だから直接の狩猟の人数だけでなくサポートも必要なのだ。
これから行う猟の方法は熊穴猟といわれる。
弓の性能が上がり、鉄砲が伝わる時代になると、春熊猟ともいわれ、もう少し安定した気候の春先の堅雪の上で行こなわれる。巣穴から出てきた直後ぐらいを狙い猟をする。ただ、縄文時代ではもう少し早く、熊が巣穴から出る前を狙わないと狩ることが難しくなる。なので、まだ八甲田では厳冬期にかかってくる。
日の長さからすると春分は近くなっているが、それでも厳冬期には違いがない。
寝起きを狙う春熊猟と違って、完全に冬眠中の熊を巣穴から追い立てて、出てきたところを撲殺する原始的な方法だ。
秋のうちに、熊が冬眠しそうなポイントを何か所か見つけておいて、厳冬期にそこを狙うのだ。失敗率が高いのと積雪期は前に俺がやったような戦士の一撃は難しい。槍を突き立てて一気に心臓か太い血管までやれればいいが、大抵はそこまでいかない。硬い地面でなく柔らかな雪の上では槍を熊の自重で突き刺させることも難しい。だから1人が槍で対峙するのではなくて、あくまでも毛皮に穴も開けたくないので、槍は使わず集団でこん棒や石斧のようなもので撲殺するのが一般的だ。もちろん撲殺で仕留めそこなったり襲われる場合に備えてサポートも槍を準備していざという時に備える。怪我をしても病院とかも当然ないので万全の態勢で熊猟を行う。
2か所目の大きなブナの木の洞に冬眠中の熊がいるらしい。周りの雪を少し払い、僅かに暗い穴が見えたところで、種火からホクチに火をおこし、草などをきつく巻いて作った松明のようなものに火をつける。それを何本か熊の巣穴に突っ込む。熊が穴から出ようとしたところをこん棒や石斧で叩いて仕留めた。今回は同行、サポート役なので、後ろから槍を構えて見ているだけだった。
ふと、気が付くとゴーっと音がする。
俺は今回のリーダーのアシリ・ウパシに伝える。
俺「山鳴りがしはじめたけど」
アシリ・ウパシは慌てて、皆を集めて、急ぎ熊を木の棒に結わえて、下山することにした。
山鳴りがすると早ければ30分かからず吹雪がはじまる。
さほど山奥じゃなかったのと、山鳴りに気が付くのが早くてよかった。
ちょうど、山から雪原に差し掛かる辺りで猛吹雪、地吹雪になってきた。
ただ、雪原は雪原で暴風雪がまともに体力を奪っていく。方向を失う可能性も高い。それこそ無理をすると雪中行軍の悲劇になりかねない。
雪原に出る手前の林の中は少し穏やかなので、ここに雪洞を掘って野営することにする。雪洞は大きなスプーン?木べらのようなシャベル?で竪穴を掘る。これもサポート役が5本ほど背負って持ってきている。
俺も雪洞を掘る。これはけっこう得意な分野だ。雪洞だけじゃなく、かまくらも作れる。現世の八甲田のこの辺なら3メートルから4メートルの積雪はあるかもしれないが、2メートルほどで地面が出てきた。その間、見える範囲で枝や白樺、松の樹皮などが集められる。でき上った雪洞から順に集めた枝や樹皮に火がつけられて、雪洞上部は針葉樹の枝などで雪が入らないように塞がれる。各雪洞に4人ぐらいで5つの雪洞を掘って野営準備完了だ。みな十分な位の厚着だが、それは保温用の草も詰め込んでいるからだ。よく乾燥させておかないと冷える原因にもなるから、汗で濡れたものは火にくべて燃やしてしまう。若干量は予備で背中に背負ってきている。
それぞれの雪洞は狩猟メンバーとサポートと2名ずつになる。俺の雪洞も俺とあアシリ・ウパシとアシリクル、そしてアシリクルの弟の4人で入っている。
久々の親子で明かす夜だが、やはり俺がいるからかどうもぎこちない。
でも、火に当たりながら、俺の知っている時代の、彼らからすると神々の世界の山の知識を、できるだけこの時代になぞらえて話してやったら、打ち解けていろいろな話をするようになった。はやり話好きの縄文人たちだ。




