33.冬支度
まもなく秋分。4期の暦の3期目だ。
あのあと集落の人々とキノコ採りに何度かでかけた。彼らの習慣をならい、塩漬けになるナラタケや乾物になるシイタケを狙って山に入る。少し奥の栂林でツガマツタケをとることができたが、それだけは塩漬けにしないでもらって、塔に戻って巫女たち3人と俺の4人で塔の導きの炎で焼いて食べた。
集落は徐々に忙しくなっていく。
冬に備えて保存食を集めたりその加工で大忙しだ。
毎日が忙しいが、その中でももっとも忙しい期間は秋の生命の日といわれる山葡萄の収穫日のはじまるあたりだ。秋の生命の日は寒冷化が進んで秋分の日に近くなっている。
全体に冬が来るのが早くなっているので集落の忙しさは昔よりも大変だという。冬用衣服の製作も佳境だ。集落全体総出で収穫、加工するのが山葡萄、そして川に遡上する鮭になる。鮭は寒冷化にしたがって遡上数は増えている。温暖な海水だとやってこないのだ。以前は比較的大きな川にしか遡上しなかったが、最近は集落近くの小さな川にも遡上するようになってきて、冬場の食糧不足を補う欠くことのできない食料となっている。
酒については山葡萄もそうだがエゾニワトコの実など様々なものが使われる。それらも主に秋に取れるが、安定して発酵できるように土に埋めた土器で熟成発酵させる。
この時の土器は固く焼きしめられたものよりは、少しざらっとした厚ぼったい土器がよいとされる。おそらく多孔質になっていて発酵させやすいのかもしれない。こればかりは俺も知らないし、経験なのだろうから、とやかく言わない。
十分に熟した山葡萄は甘い。とはいっても酸味も強い。普通の葡萄の何倍も濃い味がする。
本来は葡萄の蔓から自然に落ちるギリギリの頃合いに収穫するのが一番甘みが強くなり、たぶん酒造りにも向いているはずなのだが、縄文人たちもそれはわかっていた。でも、悠長にその時まで待ってはいられないようで、濃い紫になった時点、正直まだ酸味のほうが強い時点での収穫になることが多い。というのも呪術師の秋の生命の日の予測日で収穫に出かけるから多少年によって収穫日が前後して品質が変わるのだ。早いぶんには言い訳がきくが遅くなって葡萄が落ちてしまったり、鳥に食べられたり、腐ると言い訳ができないので、少し早めに設定しているのかもしれない。でも今年は生命の日はアタリだったようだ。よい葡萄酒、葡萄ジュースができそうだ。砂糖がないのでジャムが作られないのが残念だが。
集落最後の大仕事は鮭漁だ。
海の魚は年々大きさが小さくなっているという。沿岸のサメも減っているらしい。
そのかわり鮭が増えてきているのが救いなのだという。
特に鮭は全てが使える。皮も衣服や靴として利用できる。内臓も塩辛にして食べることができるし、塩をして乾燥させて保存することもできる。内臓と鰓を取り塩をして、尻尾を上に外で干したものと、同じく塩をして少し乾燥させたのち竪穴式住居の囲炉裏の真上に頭を上に燻しながら乾燥させたものとがある。前者は乾燥が進むと長く保存でき、後者は前者ほど長く保存することはできないが味が良い。調理の違いとしては、前者は煮物に、後者はそのまま裂きながら食べることができる。
そうこうしているうちに朝晩はだいぶ冷え込むようになってきた。
そんなある日、ルェケムクル(皮の針の人)が冬用の毛皮の衣服と敷物を持ってきてくれた。十和田火山調査の旅の帰りに仕留めた熊の毛皮も持ってきた。
「塔の寒さは厳しいのでいろいろ用意しました。」
話を聞くと、竪穴式住居は地面を掘ってしかも屋根は厚い草ぶきにさらに土を被せているので、夏涼しく冬は暖かいという。ただ、塔は床面や壁の隙間を粘土で埋めてあるとはいっても、風がまともに当たり寒いのだという。より地面に近い地の宮も高床式なので寒いという。もともと乾物系の食糧庫なのだから当然といえば当然なのだが。
なぜか神とか巫女、呪術師というのは高いところにいるべきという思想があるようだ。どうしても寒ければ大堂に輿を台に据えてあるのでそちらで寝てもいいという。俺がここにきて最初の祭りのときと同じ状態にしてあるという。
冬の大堂は巫女を除く呪術師や長老格もときどき来て酒盛りをしながら寝泊まりしているという。家族にはいろいろ大事な話があるとか言って集まってはの泊まり込みの酒盛りのようだ。
巫女たち3人は塔の部屋で3人抱き合って毛皮の布団にくるまって寒さをやり過ごすそうだ。2階の巫女の部屋も、3階の俺の寝所もどちらも床面の真ん中は火が焚けるよう粘土で固められているが、壁も天井もあることを考えるとあまり大きな火を焚くことはできない。4階の屋根裏部屋も同様の造りでここは常時導きの炎の予備の火が炉に焚かれているが、暖房になるほどのものではない。いくら粘土で固められているとはいっても木造建築で火の管理は大変なのでそこらへんはあとで巫女たちと相談しようと思う。こういうことなら、チートかもしれないが、夏のうちに炭焼で木炭を作っておくべきだったと後悔したが、いまさら後の祭りだ。
とりあえずルェケムクルからたくさんの毛皮をもらって塔に運び込んだ。
「あれ?この毛皮は?」
ルェケムクル「あのときの熊です。」
「君が使ってもよかったのに。」
ルェケムクル「いえ、あの時は肉も十分いただきましたし。あとこれも」
そう言って熊の爪でできたネックレスをくれた。彼自身も首に下げている。
「これはオホシリカム様のぶんです。残りは神様が倒された熊の爪ということで私の家族でお守りとして使わせていただいています。どうかお使いください。」
「そういうことならありがたく使わせてもらうよ。」
そう言って、熊の爪のネックレスを首にかけた。




