19.初の集落の外
予定よりは少し早いが十和田湖の火山調査に向かうことにした。
正直、いつ噴火してもおかしくない状況と思うが、現場を確認できれば、俺にとってももしここが日本の過去なら噴火後、噴火前の判断がつくので多少の無理を押しても行くべきだろう。
7月に入ったあたりから雨の日が続いたが、晴れ間が見え始めた頃合いをみての出発だ。
調査隊は全部で5人。
カンチュマリ(天のキツネ)塔の巫女で俺の世話をしてくれる女性。
アシリ・ウパシ(新しい雪)30代後半の男性で前にこの予定ルートでクルマンタ(大湯ストーンサークル)まで行っている長老格の1人。
アシリ・クル(新しい人)アシリウパシの娘で17,8歳ぐらいだろうか。でも会ったとき男の子かと思った。父いわく男勝りの性格で狩りの腕前は同年代の男を含めてもトップレベルとのこと。ちなみにアイヌ語ではクルが名前の後につくのは男性の名前なのだが、この時代は関係ないようだ。
ルェケムクル(皮の針の人)集落の住民で革製品の縫製が得意な20代中頃の男性。
そして俺の5人だ。
俺のことは普段みな「カム」神といっているが、まだ何の神様なのか知らないようだし、どうも名前じゃない気がするので、先日カンチュマリと話したときにでてきたオホシリカム(雄大(大きな)の地の神)を名乗り、普段はオホ(オウシリと呼んでもらうことにした。
考えてみるとはじめて集落の外に出るのが、野宿を含む山越えの旅となるのだ。
道は集落を出てすぐに登山道のような感じで続いているがやや幅があり、周囲は比較的ひらけていて明るい。ところどころで小さな集落がある。集落が近くなるとクリやクルミの木が多くなり、さらに近づくと集落の周囲は森が開かれてる。深い自然の森林はかなり山の上のほうまで行かないとないようだ。
八甲田山、彼らの言う神々の白い峰々を越えて十和田湖に抜けるためには大きく2つのルートがあるらしい。
一つは非常に細く心細い道で住む人の少ない南八甲田を越えて直接十和田湖に行くルート。距離は最短。
もう一つは八甲田山の北側を抜けて一度山を下り切ってしまって、十和田湖の東の十和利山側から向かうルート。こちらは、しっかりした道があり、途中に人家も集落も多く十和田湖に近いトワリにも集落があり、全て集落に世話になりながら移動が可能という。ただ、集落伝いに行くルートはおそらく奥入瀬川にあたる場所とは思うが、濁流の川ができて渡ることができないことがあるという。おそらく火山活動の影響だろう。なので、野営が必要になるが南八甲田を越えて十和田湖へ向かうことにした。
現世の青森空港の近くだろうか?地形的はそう思うが、このあたりでもまだたまに数軒の人家がある。ワラビが大きくホダになっているような荒れ地がところどころにある。焼き畑ではないが、森に火を放ってワラビやそのほかの有用な植物を優先的に生えるようにしているようだ。樹木もやたらクリとクルミが多い。
標高でいうと1000メートル過ぎたあたりから少しずつ道も険しく細くなりブナやミズナラなどの原生林がでてきたが、ほどなく針葉樹の森となった。針葉樹林に入ると道はいっそうに細くなり、人の痕跡はこの細い道以外なくなった。
ブナやミズナラの森くらいまでは、山菜採りや狩猟、キノコ採りで人がたくさん入るという。針葉樹林から上はあまり入ることはないとのことだ。
急な坂になってから2時間もしないうちに山頂に到着した。おそらく南八甲田の櫛ヶ峰と思われる。
とてもいい眺めだ。山裾に開墾した後の草原が見える以外は、ほとんど人の痕跡は見当たらない。
現世なら山の頂に登ると必ずといっていいほど見える高速道路もビルも港も送電線も見えない。空に飛行機の飛ぶ影も見えない。
ただ違うのは俺の知っている山々の大半から白や黒い噴煙が吹きあがっていることだ。
こういう衝撃を受ける光景や物を見るたびに、やはり異世界?パラレルワールド?過去の日本?の疑問が襲い来る。しばらくは茫然と景色を眺める。
改めて周囲の山々の確認をする。南八甲田は大きな火山活動の様子はみられないが、北八甲田、おそらく現世の大岳が噴煙を上げている。
他にも現世の酸ヶ湯温泉のあるあたりや、山のいたるところから激しい噴気が見られて活発な火山活動がうかがえる。西を見ると岩木山が見えるがこちらも山頂から噴煙を上げている。
そして肝心の十和田湖は手前の外輪山の陰で全貌はわからないが本来湖のある場所に噴煙を上げる山が見える。
嫌な予感がする。他にもはるか遠くに行く筋かの噴煙らしきものをあげる山々。ここが過去の日本で仮に5000年から6000年前の範囲として、この年代は東北の多くの山が活発な火山活動を繰り返していたはずだ。
せめて十和田湖の最後の爆発的噴火でできた中の湖が形成された後ならばとりあえずこの近辺は安全なのだが・・・。明日はその十和田湖を全貌できる外輪山に到着する。