182.絵の力
「明日はアマテラス様が視察にいらっしゃる。普段通りでかまわぬが、陳英は私が護衛にあたることにする。」
俺が来て数日たったころ仕事始めの打ち合わせでそんなことを言われた。
陳英というのはおそらく楽浪郡の元県令とかいう男だろう。
「劉麗さんに絵を書いてもらってはどうでしょう?」
俺は提案した。
「絵といっても何に書くんだい?ここには幅広の木簡はないし。」
「アマテラス様のお通りなる道すがらに地面に描いてはどうでしょう?先日何を描いているかわかりませんでしたが、劉麗さんがなかなかすてきな絵を地面に描いてましてどうかなーと思いまして。」
「まあ絵ぐらいだったらいいわよ。ただあまり姿を見せないように。」
「ただ、私は言葉がわかりませんので、劉麗さんにお伝えいただけますか?」
「面倒ねえ。まあいいわ役立たずでもアマテラス様を信奉している姿勢があることを示すのはいいことよ。私たちの評価もあがるでしょうし。」
「劉麗さん、明日はアマテラス様がいらっしゃるので、広場の地面に絵を描いてください。アマテラス様を称えるような絵にしてくださいね。では。」
女は手短に伝えて浮かれるように詰め所に戻っていった。
「劉麗さん、絵はこれでお願いします。」
俺は拾った木の枝で地面に絵の題材を現わす文字を書いた。
劉麗さんは驚いた顔をしたが、笑みを浮かべて頷いてくれた。
広場の中心には集落を見渡せるような台が造られていた。その周りに劉麗さんが木の枝で絵を描いていく。
俺はその絵がはっきりと見えるように槍の柄の部分で深めになぞってく。
アマテラスこと天野ならきっとわかるはずだ。
アマテラスは翌日の日の出から2時間ほどで到着した。
この時間ならかなり近い集落に住んでいるのだろう。
絶妙なタイミングで来てくれた。朝露で地面が濡れいるのが乾き始めて昨日描いた地上絵がよりはっきり見えるはずだ。
遠目にアマテラスが台の上で四方に描かれた絵を身を乗り出して見ているのが見える。
やがて、衛兵の一人が走ってやってきてアマテラス元へ来るように伝えてきた。
広場の中央の台の下まで来ると、アマテラスは俺を見て一瞬驚いた表情をしたが、すぐに憮然とした態度になった。
「この絵を描いたのはそなたか?」
さすが漢語で劉麗さんに話しかけた。
「はい、劉麗と申します。」
「なぜ、この絵を描いたのですか?」
「アマテラス様とヤマトが幾久しく栄えますように願いを込めて描きました。」
「誰かの指図・・・ではないのですか?」
「いえ、それは・・・」
俺は劉麗さんの後ろで少しニヤッとした。
「劉麗様、ぜひわたくしの宮殿おいでください。そして、いろいろとご教授ください。」
「そこの衛視、劉麗様を私の宮殿まで連れてきなさい。」
アマテラスこと天野は急に憮然と命令してきた。