177.労働者登録
ヤマト集落の入り口は各地から来た人でごった返していた。ヤマトの集落は西側は背に山があり、東側が平地に面した、段丘状の少し高い位置にあった。平地側は浅いが幅の広い堀があり、塀はないが土塁で集落の内部は外から見ることはできないようになっていた。集落には検問などなく簡単に入れるようになっていた。集落は一般住居よりも高床式の囷や地下埋設式の窖が多く作られているようだ。労働者用に草ぶきの三角屋根の長屋のような建物がいくつも並んでいる。長老格や呪術師など高貴な人が住まいそうな建物や集会所的な大きな建物はあまり見当たらない。見た目飛びぬけてこの時代を超える物品も見当たらないが、これだけの労働者を管理するのには何か秘密がありそうだ。
「サタの集落から働きに来たのですが、どこへ向かえばよろしいでしょうか?」
サタは大国主神様の治める集落の名前だ。
兵士らしき者に尋ねる。
「集落中央の広場に行くとよい。」
必要最低限、簡潔な答えだ。
広場には簡単な東屋のような小屋が何棟かあり、人の列ができていた。
俺もその列に並んで順番を待つことにした。
「では次の者」
木の机の向かいには、極一般的な集落民の服装、つまり麻袋に手と首の部分に穴をあけた格好の50代ぐらいの壮年の男と若い男が並んで座っていた。
「サタの集落から来たオホドといいます。こちらで働くと米が手に入ると聞いてやってきたのですが。」
オホシリのシリは大地とか土の意味がある縄文アイヌ語だが偽名を作るのにそのまま倭語で大地の意味であるオホドに直訳してみた。あまりかけ離れていても呼ばれたときに返事ができなかったり、ボロを出す可能性があるので多少は似た感じの意味で名乗ることにした。
「報酬は働いた日数分の米が支給される。量は1日の労働でこの椀に2杯分の米だ。仕事を終えたい場合はその3日前に申し出ると、登録した翌日から起算して米が用意される。持ち帰れない量になった場合でも、10日分の米から1日分を抜いた量がヤマト連合内のどの集落でも交換可能である。ただし、この交換は10日単位となるので注意するように。」
なるほど3か月も働けば個人が持ち帰られる量ではなくなるが、自分の集落またはその近くで交換できるとなると冬場家族の食い扶持分はなんとかなる稼ぎになる。
「仕事の内容はどういったことでしょうか?」
「それは、各々の力量をはかり、各地に振り分けられる。あなたのいまで集落でやってきたことなどを述べてください。」
「私は交易で各地を巡っておりました。多少の狩猟の経験もあります。サタの神殿建設の時には設計から参加し材料の手配を交易で行っておりました。」
壮年の男は若い男と話し合っている。
「では、あちらで木札を作っている受け取って再びこちらに来てください。」
小さな木札を渡された。
木札には何列かの線が描かれていた。
現世のころにテレビでか何かで見た源氏香の図にも似ているが、どちらかというとバーコードのほうに似ているような気がする。
向かい側では木簡のような木札が大量に積まれていて、その前に人だかりができている。
若い男たちが木札に線を描いている。
順番が来ると小さな木札を男に渡した。
男はその小さな木札を見ながら薄い木札にそれと同じパターンで墨で線を描いていく。
それと小さな木札を返してもらって先ほどの東屋に再び並ぶ。
俺の順番が来て、小さな木札と書いてもらったばかりの大きめの木札を渡すと、若い男はその木札をよくよく見て同じかどうか確認しているようだった。
「では、この木札は無くさないように。あなたの仕事先はアスカだ。明日中に到着できれば明日の移動の分も報酬が支払われる。期日は無いから遅れてもかまわんが、遅れた分の日数の報酬は支払われない。アスカまでは半日程度で着けるはずだ、今の時間からだとアスカの門限が過ぎるので、今日はここで泊まって明日出立するとよい。ここには労働者用の小屋があるからそこを使うように。」
「仕事の内容は・・・?」
「細かくはアスカの集落で決まるが、アスカ行きは米栽培や運搬労働ではない可能性が高い。まぁ行ってみるまではわからないが。」
今まで収集した情報だとアスカ、ヤマトヌアヤは渡来系の人々が多く技術革新の発信地のようだ。平時なら潜入して情報収集活動の最適地なのだが、できればヤマト政治の中枢に近いところへ行きたかった。とはいっても、アマテラスこと天野がどこの集落にいるかもわからないし、ここのヤマトでさえ見た感じ大物が住んでいそうな建物は見当たらない。最新技術の発信地なら政治中枢に近づく機会もあるかもしれないから、おとなしく配属先に向かうしかないだろう。
とりあえずは、ここは各地から人が集まっているようだから周辺地域の情報収集だな。