176.ヤマトへ
3日ほど集落で過ごした。日中は北方のアラエミシの交易人を装って集落の一般人から情報を収集したり、息子のイキ相手に銅剣、鉄剣に対する槍捌きを教えて、夜は大国主神様と家族だけで夕餉を囲んだ。
3日後に大国主神様の巫女から集落の一般の人が着ている麻袋風の服を用意してもらって着替えるとヤマトへ向かった。
街道も中盤にさしかかり山地を抜けたあたりから往来する人の数が増え始めた。
道のわきの大きな松の木の下で休んでいると男が話しかけてきた。
「あんたもヤマトへ向かうのかい?」
「ああ、今更だが仲間が先に行ってるからな」
「初めてかい?」
「ああ、昔交易でヤマトには何度か行ったことはあるが・・・」
「そうかい。ヤマト集落内でヤマトの認めた交易人以外は仕事が減ってるからなー。あんたも交易人をやめてこの仕事に向かう口だろ。」
男は自分の言ったことにうんうんと頷いている。
「まあそんなところだ。」
「だったら輸送人にだけはなりたくないだろうなー。なんせ、大量の物資を運んでも交易の利益にありつけないんだから、決まった報酬しか得られないからな。あれは面白くねえ」
「あなたも交易人だったのですか」
「おうよ。自分で物を交換しながら、自分の欲しいものを増やしていく。交易人のだいご味だろ。でも、今のご時世じゃな。ヤマトの集落長だけが利益を独占して、あとはただの運び屋だからな。」
各地から集めた労働力は物資の輸送にも使われているらしい。米は各地で余り気味だから、それらを給料代わりに支給しているのだろう。そして集落ごとに産業があるヤマト連合国家ではそれらをつなぐ物流の維持が大切だ。
ただ、このままでうまくいくとは思えない。
アマテラスこと天野もそこらへんは気が付いているはずだし、その対策としての東征ということも考えられる。
しばらく行くと葦に覆われた平地が見えてきた。おそらく宇治川、桂川、木津川の合流するあたりだろうか。手つかずの自然の大氾濫原を予想していたが、多くの場所で葦などが刈り取られて船で運ばれていた。
川のそばには集落はないが、合流点より下流側、つまり淀川の2か所ほどに大きな船着き場があった。川は深く滔々として歩いて渡れそうにない。ヤマトへは2つのルートがあり、一つはこの船着き場から対岸へ渡り生駒山地の東側、つまり奈良盆地西側の際を南下して現在の橿原市、葛城市の近くと思われるあたりのヤマト集落へ至るもの。もうひとつはもう少し上流側の桂川、木津川、宇治川を渡河し奈良盆地の東側の山際にある大きな集落を経由するものだ。上流であれば歩いて渡ることも不可能ではないと思うが。
最短でヤマトへ向かうには船で渡河して奈良盆地西側を南下するのだが、以前訪れた時は検問が厳しかった。あの時はヤマトを攻め落とす前だったから状況は違うとは思うが・・・。
「あんたヤマトへ向かうんだったよな」
ここに至る道中話しかけてきた男と再会した。
「ああ覚えててくれたんだな。」
「なら、船で渡ったほうがいいぞ。なんでもヤマトヌアヤやアスカ方面の検問は厳しいらしい。」
「アマテラス様がいらっしゃるヤマトより厳しいのですか?」
「ああ、なんでも異国の人々の集落らしく、アマテラス様も頻繁に足を運んでいるらしく、人の出入りは厳しいということだ。ただ、ヤマトで土木工事に振り分けられると、おもにその方面に行かされるらしい。」
ヤマトヌアヤは倭漢のことだろうか。だとすると中国の漢から来た人々だろうか。アスカにも外国人が来ているらしいが、それは前に十和田湖東側の集落を訪ねた時に出会った異国人のツイマやサブロウたちの話から朝鮮半島系の人々だと思う。
「ありがとう。ただ、手持ちには何の品もないから船に乗れるかどうかだな。」
貨幣がないから船賃というのはないが、普通は物々交換で船賃を払う。
「いや、こちらから渡る分には船賃はないから、こっちのほうがお得だぞ。帰りは遠いけど山側を回ったほうがいいけどな。」
なるほど、労働力を得るために行きの船賃はタダだが、帰りは船賃を要求して対価の米を少しでも回収しようということか。
渡し場にはそれなりの人がいたが、あまり待たされることなく船に乗り込み対岸へと向かった。