170.語り部
まさか天野からの言伝をツイマの口から聞くとは思っていなかった。少し思案したが、俺がユウダイであることを告げた。
それとは別にヤマトという集落が複数あることに驚かされたが、実際話をよく聞くと、それぞれ番号が振られ、天野のいるところが邪馬臺つまりヤマトイ(ヤマトイチ)、ヤマトの1番目の国という意味で、他はもともとの集落名に番号が振られている。近畿以西の100か国ほどあるすべてではないが、奴国(7国)、狗奴国(97国)、不弥国(28国)など番号だけで呼ばれる国もある。これらの全ては大巫女、のちの卑弥呼の勢力圏、つまりヤマトという連合の傘下にある国々だ。その中でアスカに外国人が大勢移住しているということがわかった。
ツイマの情報でかつて生駒山の西麓にあった八山戸国は集落を呼称が東側に移ることで邪馬臺国となったようだ。もともと八山戸というのは生駒山の山々の中で奈良盆地へ抜ける大和川沿いの谷筋を山々の戸と見立てて付けられた地名と設定すると天野から聞いていた。どうやら天野は卑弥呼を演ずるにあたり邪馬台国畿内説の有力候補の纏向遺跡に的を絞って活動開始するつもりだろう。それでも、大阪でも四国でも九州でも邪馬台国となり得る痕跡は残しつつヤマトという集落連合を経営しているようだった。
「ツイマ殿も呪術師になられるのでしょうか?この地で骨を埋める覚悟で修業に励まれているのですか?」
「今は文字がないながら高い見識を持つこの地の文化を学び、人ではなく自然に目を向けた文字のない学問を自分なりに追及していきたいと思っています。」
「私も応援しております。ただ、ぜひ史記やそのほかの歴史について御教授いただきたいと思います。できればお時間の空いた時でけっこうですので私の国に訪れていただきたいと思います。もちろん、私どもの国の呪術師にも情報を提供するようにいたします。何卒よろしくお願いいたします。
やはり史記フアンとしては書かれた時代に近い人、しかも五経博士になれる人物から直接教えてもらえる機会は積極的に設けたい。
「よろしいですよ。まさかこんな東の果てで史記をお存知の方に出会えるとは思っていませんでしたし、そちらの国の呪術師の教えにも興味がありますので、こちらこそよろしくお願いいたします。」
さて、日本書紀や古事記の原型づくりに勤しんだ天野ではないが、俺も少しこの地の伝説などの原型を構築しなければならないだろう。文字のないこの地の文化では口伝で代々伝わっていくから、多少話を盛ってもかまわないだろう。
「では、異国の方々やこの地の呪術師の方に、我々の国で伝わる伝説などを話させていただきます。ぜひ、用意した酒を楽しみながらお聞きください。」
そういって、この集落で琥珀や小型の鏃などの鉄器を酒や食べ物に交換したものを皆に振舞いながら十和田湖の伝説などを一夜限りの語り部として話して聞かせた。