158.回避したい伝説
ここら辺が伊勢だと思うが。
実は現世の頃に伊勢は来たことがない。
まったく土地勘がない。
テレビなどで見るくらいだ。
紀伊半島を海沿いに航行し、途中、本隊と別れたあと500名の兵士とともに陸路で志摩半島に向かう。
途中、いくつか集落があるものの、弥生時代というよりは縄文時代に近い社会構造。つまり自給自足がメインの中小集落が点在しているだけだった。
集落は竪穴式住居が多く、僅かな高床式の倉庫はここ数千年縄文時代の頃からかわっていない。
まだ豊かな森林資源があり、懐かしい北の大地を思い出させる。
志摩半島の先端近くまで行くと、小さいながらも山越えのルートがあり、その先にこの近辺では比較的大きな集落があうという。おそらく五十鈴川の上流側からのルートだろう。この地域の伝承や伝説、有力者の調査のためには、その集落を拠点に活動するしかなさそうだ。
集落の名前はシマ。首長は女性でヒラフという名前だという。
会ってすぐには思い出せなかったが、話はじめて俺は面識があったことを思い出した。
出雲の国譲り会議の時に会って何度か言葉を交わした国主、神々のうちのひとりだったのだ。
「まあ、オオキミ様、突然こんな辺境にいらっしゃるなんて。」
いやな予感しかしない。
サルタヒコの最後がよぎる。
「天孫たちから国神たちの国々を調査するように頼まれまして、こちらにも訪れてみました。」
「そうでしたか。でも、この国、いやお恥ずかしいですが、ただの集落には価値のあるようなものはございませんが。」
「いや、天孫たちは、そういった何もないところでも、新しい価値が見いだせるように、あちこちに人を派遣して様々な技術や物産を贈っているようです。こちらにも、手土産としてコメの栽培方法と青銅器を贈るよう申し付けられてきました。」
「あら、オオキミ様はもうすっかり天孫たちの陣営になられたのですね。」
ヒラフはとても魅力的な女性だ。
色目を使ってこちらの弱みを握ろうとしたたかな話術を展開する。
「いいえ、今回は見分を広めようと、西日本の各地をまわり伝承や伝説を聞いて回っております。天孫たちの調査に加わると、その贈り物のおかげで行った先の方から情報を得やすいので、私のほうが利用させてもらっているようなものです。」
「そういうことにしておいてあげるわ。」
「ところで、コメの栽培技術を伝授してくれるようだけど、ということはあなたの連れてきた兵士は長く滞在するということかしら」
「いえ、天孫たちの内部でちょっとした抗争があり、技術者以外はすぐにヤマト(八山戸)へ向かいます。」
「それなら、いいわ。川の対岸、少し上流側に開けた場所があるから、そこに滞在するといいわ。こちらからも直近でできることは、お手伝いしましょう。」
「ありがとうございます。ところで、こちらはシマという集落ですが、この近辺でイセとは聞いたことはありますか?」
「イセとはイスス(五つの州)川の後ろセ(背)にある地域で、ちょうど先ほど言った辺りより上流側をいいますのよ。」
なるほど、この時代の五十鈴川の河口付近にはいくつかの三角州があり、五州州川のイの後ろでイセなのか。
「では、技術を伝えるための拠点をイセと名のります。伝える技術はコメの栽培、青銅器の使用、加工方法、建築技術などです。コメは水が必要なのでイスス川の下流側の地域で行います。」
「では、こちらからは当面の食糧の一部を提供しますので、必要な量を後程話し合いましょう。それよりも、長旅お疲れでしょう。今晩は私の住まいでごゆっくりとお休みくださいな。」
「それにはおよびません。あまりお世話になってしまっては、そちらのメリットも少なくなるでしょうし。すぐに兵士たちと今後の予定について話し合います。」
北に妻と子供を残してきているので、不適切な関係はやはり遠慮いておかないと。でも、この時代は、そんなことはごく普通で不適切なとは言わないようだ。
ただ、北に残してきた妻のヤエはそこら辺の貞操観念が強いので、俺もヤエを裏切るわけにいかないので我慢だろう。
そして、何より気になったのはヒラフという名前の女首長だ。
サルタヒコの最後は比良夫貝に手を挟まれて溺死するというものだ。ここは要注意だろう。
できれば、これは回避したい伝説だ。