137.ヒタカミの国
ヤエ様を連れて深緑の王国に戻ってきた。
途中から急ぐために北に向かう交易船に乗せてもらった。
なので、十三湊、青森県の津軽平野の北にある十三湖の海側の開口部の集落に上陸した。
交易船は人を専門に運ぶことはめったにないが、深緑の王国の事実上の長でもある俺が頼めば簡単に舟に乗せてもらえる。
まだ板綴舟がメインだが織機の発明で平織りが普及して帆の形状や幅、長さも自由度がまして、航海術もだいぶ向上した。僅かだが青銅製の金具も導入されてきているらしい。
これはこんど葦原中国(出雲)に行ったら交渉しよう。というか、敵の天孫たちから製鉄技術を盗み取ってやろう。
向こうが歴史をなぞって有利な国盗りをするのなら、こちらも歴史をなぞって有利な交渉をするまでだと、いろいろ策を巡らそうと考えた。
「すごいです。ここがヒタカミノクニですか?」
ヤエ様が巨大木造建築を見て驚きの声をあげている。
「いえ、これはただの集落ですよ。」
ヤエ様が見たのはそれでも中小規模の集落建物だ。
俺のところのイキノキミの集落を見たときは唖然としていた。
中の列柱室も見て驚いている。
最上階を見せて周りの景色を見せると感動して夕日が西の海に沈むまで見ていた。
俺よりも年上に見える孫のイ・キ・ノ・キミを呼んで、ヤエ様を紹介して、そのあと、事の顛末を説明する。
「その天孫とかいう輩は、この北の地まで進出するのですか?」
当代のイ・キ・ノ・キミは俺のもらった銅剣を見ながら聞いてきた。
「いや、支配地域をここまで伸ばすことは今は考えていないはずだが、こちらも相応の防衛体制を考えないと侮られて支配されてしまうかもしれない。使者は葦原中国からは確実に来るだろうし、天孫軍からも来るだろう。」
「では、双方の使者には何と?」
「今、俺が考えているのは、葦原中国の使者はには行く方向で対応する。天孫軍から使者が来たら、威圧してくるだろうが、逆にこちらが威圧しながらも、葦原中国の大国主神には国譲りを勧めに行きたいが、こちらのメリットがないと言っておく。」
「それはどういうことで?」
「戦争になっても、平和的に国譲りが済んでも、それだけだと我々にメリットがないということだ。もめ事に首を突っ込んでそれで終わりになってしまう。向こうはこういった武器も作れるが、この材料となる銅や鉄の利用価値は武器だけではないのだよ。舟や狩猟、農耕にももちろん建物にも普段の土器の代わりにもなる素材なのだ。その技術を取り入れたい。ただ、初めからこちらが下手に出ると侮られる。かといって、強がり過ぎても向こうは警戒する。その加減が難しいのだが・・・。」
青銅の剣をちらつかせながら話をする。
「では、この件はオホシリカムノキミ様に一任でよろしいでしょうか?もちろん、ご指示には従いますが、我々は戦争とは実際にしたことがないので、戦争の交渉事も全くわからないのです。」
「いや、まあ、交易の交渉と同じだよ。使者が来たらできるだけ交易系の長老たちを集めておいてくれ。狩猟・採集系など地元留守預かりの長老では不安を増大させてしまうかもしれない。でも、そうだな、やはり一度皆にも説明して聞いておいてもらおう。ここが戦争に巻き込まれることはないから安心して欲しいが、機に乗じて暮らしを豊かにする技術を得るためには多少の危険を冒すのが交易人というものだろう。」
「わかりました。ヤエ様の扱いはどのようにされますか?オホキミ様の神嫁にされてはいかがですか?」
ヤエ様は驚いた顔をされた。
「いや、ほら驚かれてる。ヤエ様は高貴なお血筋の方ですから、丁重にこの集落で巫女として暮らしていただく。呪術師でもかまわない。実際、彼女は占いについてもなかなかの腕前だぞ。」
「先ほどオホシリカムノキミ様とおっしゃいましたが、ここはやはりヒタカミノクニで、北の本当の神様アラハバキ様なのですか?」
ヤエ様が不安そうにイ・キ・ノ・キミに聞く。
アラハバキは偽装のための神の名前だ。集落民たちはオホシリカムノキミと正式な場では言ってしまうので、別に本当の神はアラハバキ神というのがいることにして、交易人を通じて噂をばらまいている。
そうアマテラスと双璧の最高神は北のアラエミシの信仰するアラハバキ神という架空の神にしておいてあるのだ。
「ヤエ様、このお方は大変に苦しく困難な仕事をされている本当の神様です。邪魔をしないように皆で隠してご指示に従っているのです。ただ、噂は漏れるものなので、交易団にはヒタカミノクニというどこにあるかわからない国の名前の噂を合わせて流しているのです。先般も私の祖母、オホシリカムノキミ様の神嫁が亡くなられたばかりなのです。」
イ・キ・ノ・キミはヤエ様を神嫁にしたいのか、本当のことを言ってしまった。
「申し訳ありませんでした。知らずにいろいろと甘えてしまい。」
「いや、気にしないでください。前の神嫁が亡くなって、この者は私の孫なんですよ。見た目は逆ですが。いつも心配してくれています。」
そういいながら苦笑いをした。
「私のようなものでよければ神嫁でもなんでもいたしますので、どうか父大国主の命だけでも助かるように交渉をお願いできませんでしょうか?」
「神の仕事としてはそれだけでは不十分だな。安心してください。国は盗られるかもしれないが、大国主神様にも、こちらにもそれなりの益があるように交渉するつもりです。」
相手が歴史通りなら、ぜったいこの交渉は有利に進められる。




