136.国譲り兄の言い分
ヤエノコトシロは深緑の王国へ戻る途中、いろいろ教えてくれた。知れば知るほど勝ち目はなさそうに感じる。
彼は実は女性であることもわかった。これを知るのは父と自分だけだという。
弟はもちろん、敵の諜報にも知られていないという。
ヤエ様と呼ぶことにする。
向こうは呼び捨てでかまわないといっているが、高貴な血筋なのでヤエ様と呼ばないと気が済まない。
ただ、身を隠すなら、男性としてではなく女性として、まったく新しい人として暮らしてはどうかと提案した。
集落には有能な呪術師兼巫女であると紹介することにした。
彼女の話で重要なことがわかった。
おそらく俺と同じ転生者がいる。正確には居たという過去形が正しいかもしれない。幽閉されてかなりの年数が経つらしい。
葦原中国では不老不死の超越した最高神は南と北の双方に1人ずついると噂されていた。
北の神はヒタカミノクニの出身で、不老不死だが住民たちに隠されて、住民たちも慕って大切にされている。無理に捕まえようとすろと神々が怒り、山が噴火し、大地が揺れるという。
どうやら俺の事らしい。
南の神は事情が少し違ったらしい。
南の神はタカマガハラという国の出身で、昔から自らが本当の神、アマテラスであることを高らかに宣言していたという。実際、不老不死だから皆が信じていたという。
直系の子供たちは天孫を称し、神の子であると、これも世に知らしめていたという。
国譲りの要求では葦原中国も昔、神が自らの子を使わし作った国。大国主神も含め天孫の系譜でるから、アマテラス神の詔に則り国を返せという。
正直、寝耳に水の要求で当初は突っぱねたという。
実際、そのころは国力も葦原中国のほうが数段上で、使者の中には葦原中国についてくれたものもいるという。
その、葦原中国側についた天孫の使者アメノホヒからの情報で、南の本当の神アマテラスは不老不死のうえ予言が得意で、これから起きる全ての歴史を知っていたという。しかし、それを知った自分の子孫たちに岩屋に幽閉されてしまった。殺しても死なないので、大きな岩戸を閉じて出られないようにしてしまったらしい。本当の神の派閥の天孫たちは、その使者のように危険な任務を強要されて地方に行かされたりして、そのうち、アマテラスを幽閉した天孫たちはこんな噂を流したという。
「アマテラス神は岩戸に自らお隠れになったが、我々が喜ばせて岩戸から出てきていただいた、それが今の神であると。」
実際はその神は本当の神アマテラスではなくて子孫の中で年が近く似ているものを傀儡にしたという。だが、それに異を唱える者は次々殺されていったらしい。
次に葦原中国に使者として来たアメノワカヒコも本当の神の派閥だったので命の危険を察して亡命したが、暗殺者に狙われ、2度目の暗殺者に殺されたという。
同じ転生者だと思うがやらかしたんだな。歴史を知っているから予言を連発してアマテラスを名のったあげく息子や子孫たちに予言の力や不老不死を羨ましがられて岩戸に幽閉。なんとも悲しいが、俺もそうなっていたかもしれない。
幸い、東北北海道の縄文文化が円環・循環思想で死ぬことこそ次の世界へ巡る旅路のはじまりという考えがあった。だから不老不死の俺はその循環から外れた悲しい存在だった。神嫁を看取るときも子供たちや孫たち、とくに孫たちは見た目俺と同じ年齢にもかかわらず、亡くなった本人ではなくて俺のことをものすごく心配して、悲しそうに憐れんでくれていた。次の旅路に至る、別れの悲しみや苦しみを永劫に見守るという、とてつもなく苦しい仕事をするのが神というものだと思っていてくれていたのだ。
だから神嫁が亡くなったあと2,3年も旅に出かける俺の我が儘も許してくれる。
今になって自分の子供たちや子孫たちにとても感謝している。
そして、オホシリカムという実在しない神を名のったのもよかったかもしれない。
実在した神を名乗っていたら同じ憂き目に遭ったかもしれない。
そう、神といっても不老不死で歴史を知っているだけで何の力もない。殺人や事故、天災の直接の衝撃などに耐えることができても、幽閉されたり土砂に閉じ込められれば、俺もだが何もできない。考えたら急にこわくなってきた。
そんなアマテラスの指示とは別に天孫たちは勝手にふるまいはじめたのだろう。
ヤエノコトシロ様は天孫軍のタケミカヅチが使者として来た時に交渉として向かったという。
葦原中国に寝返ったアメノホヒ、アメノワカヒコたちからタケミカヅチらはアマテラスを幽閉した派の天孫たちだと教えられていた。だから直接交渉では無理だと考えていた。
そこで、別働隊の本当のアマテラスの派閥の天孫とコンタクトをとろうとした。しかし、なぜか密会がばれて、腕を負傷し、舟で逃げ帰ることを余儀なくされたという。
その後、女性へ密会しに行くところを鶏が騒ぎ出しバレて、逃げ帰るときに舟の櫂を忘れて手で漕いで腕をサメに襲われて怪我をしたと不名誉な噂を流されたという。
父、大国主神はヤエノコトシロが女と知っているので、その噂を信じなかったが、他の同盟諸国や国主たる神々は信じてしまって、統制がとれなくなったという。
それで、もう反攻の機は逃したと考え、国譲りの方向で父を説得、北への逃亡生活に入ったという。
そこで、追われている弟を見かけ思わず助けてしまったのが、今までの経緯だ。
うーん。完全に神話の通りだ。
たぶん本当のアマテラスが天孫たちに脅されて教えたんだろう。
どこまで先を教えたかによっては厄介な相手だ。