134.国譲り弟の言い分
翌朝、街道に大勢の人影が見えると
「タケミナカタ様ー!!」
と呼ぶ声が聞こえてきた。
「やっと仲間が探しに来てくれた。」
そういって立ち上がろうとするが、まだ立ち上がれるほど回復はしていない。
しばらく安静のほうがいいだろう。
「では、俺が行って呼んでこよう。」
街道に行くと、革製の鎧のよう防具をつけた兵士十数人が叫びながら歩いている。
「タケミナカタ様の兵士か?」
俺が声をかけると銅剣を抜いて突きつけてきた。
「何者!!」
最初はタケミナカタの仲間のふりをした追っ手かとも思ったが、突き付けられた銅剣は見たことのあるものだった。
出雲の博物館で見た銅剣のレプリカと全く同じだった。
俺の予想が正しければ追っ手は銅剣ではなくて鉄剣のはずだ。
「北のほうから来た旅人です。昨晩、血まみれの方をお助けしたのですが、その方のお連れの方かと思いまして」
「その方はご無事なのか?」
「はい、ですがまだ安静にされたほうかいいかと思います。それで、わたくしがお連れの方たちを探しに出てきました。」
「それは、無礼なことをした。」
そう言って剣を下げたので、すぐにタケミナカタのところに案内した。
なぜか、コトシロの姿は消えていた。
「なんと、お礼を言ったらいいのか。この礼は必ずする。ぜひアシワラの国にお越しください。」
タケミナカタが言うが、はたして彼は国に帰って大丈夫なのだろうか。
「追手がかかっていたといわれるが、あなたの国は大丈夫なのですか?できれば、わたくしも国を預かる者、何があったかお聞かせくださいませんか」
「そうでありましたか。いや、確かに。それは金ですか?」
彼は目を見開いて、俺の指先を見る。
俺は最初の神嫁3人と自分用で4つの金の指輪を作っていた。そのうち2つ、カンチュマリとレブンノンノの指輪は子孫が代々使っている。アシリクルが名前を掘ってくれたものと俺自身のものは今も指に嵌めて使っている。
「そうです。今は私以外は呪術師長と巫女しか持っていませんが」
「金は私の父しか持っていませんでしたので。それほどの方とは知らずに、無礼なことを、しかも命まで助けていただき。ありがとうございます。私の国に起きたことをお話いたします。」
内容はかなり強引な国譲りの要求だ。要求をのまなければ集落民も含めて氏族全員殺すという内容だ。
実は使者がかなり前から来ていたらしい。ただ、その使者は豊かな葦原中国を見て本国に勝てそうな予感でもしたのか、それとも別の思うところがあったのか、寝返って大国主神側についていた。
それもあって葦原中国はかなり油断したのだろう。油断とはいってもいざという時のために銅剣を大量生産し戦いになったときにはいつでも使用できる状態にして隠してあったという。
ところが、今年の春分を過ぎたころ、まだ狩猟や採集で忙しいさなかに、当然軍隊が現れたという。
真っ先に兄のヤエノコトシロが使者になり、敵軍と交渉を始めたが、ヤノコトシロは父大国主神にこのままでは戦争不可避、このままでは負けてしまうので、要求をのみましょうと進言。その進言をしたと思うと、国を捨てて逃亡してしまったという。
「俺は兄を連れ帰り、態勢を整えて敵軍を迎え撃とうと、兄が逃亡した先を探してここまで来たが、まさか敵軍がここまで追ってくるとは思っていなかった。」
「では、アシワラノナカツクニはまだ敵軍の手に渡っていないのですか?それとも、すでに国内に?」
「宮のあるサタとクラミはまだ落ちていません。対岸から完全に包囲されています。俺は舟で脱出して兄の足跡を追っている最中に敵の追っ手に。でも、その時兄が助けてくれたのですが、再びいなくなってしまった。」
「勝てる算段は?」
「銅剣を千数百隠してある。問題は敵軍に落ちた対岸の山中だということと、剣の扱いに慣れたものが少なすぎるということだ。」
「具体的な作戦が乏しすぎますね。剣があっても使える者の人数、そして、軍として訓練されているかどうかで勝敗が決まってしまうでしょう。山中からの奇襲作戦なら勝てるかもしれませんが、すでに包囲されてしまっていては。」
「それで、周辺国にも使者を送って対応を協議しようということになったのですが、敵軍もあちこちにすでに使者を送っているらしいのです。」
「双方の戦力は?」
「軍として動いているのは、タケミカヅチ率いる200とアメノトリフネ率いる100で、他に交易団を装ったものたちが多数です。味方は500と賛同してくれる国の数から予想すると1500は用意できるでしょう。」
賛同してくれる国というのはあてにできない。
「武器や軍の熟練度の差は?」
「向こうは一部鉄剣を装備していますが、数は多くありません。槍であれば、当方にある鉾や石器でも対等でしょう。軍の熟練度は確かに向こうのほうが上ですが、当方は圧倒的に銅剣の数で押しています。」
銅剣の数があっても、使いこなせる軍隊がなければ難しいだろう。無理に銅剣に持ち替えさせるより、石器だとしても槍のほうが勝機はあるだろうが、それも軍隊として訓練していればの話だ。
それにタケミナカタの話は槍の有用性をわかっていながら、人に戦力の差を問われると銅剣の数量に頼るところに矛盾がある。
銅剣をお守りか何かだと思ってるのだろうか。
正直、勝てる気がしない。
というか歴史上は勝ってはいけないし、戦争の後に負けてもいけない。
有利な条件で戦争回避が正史上の国譲りなはずだ。
「当方も軍備という点ではまったく及びもつかないし戦争の経験もない。なんせ銅剣はおろか金属はこの金しかないのだから。まして、遠すぎて助けに行くことすらできない。」
俺は援軍については明確につっぱねるしかなかった。