133.もう少し早く
俺は神嫁が亡くなると、気楽な一人旅に出かける。だいたい2年か3年間ぐらい、主に東北、北海道、遠いところで出雲や奈良、紀伊半島まででかける、ここ数百年は北海道や関東方面に出かけていて、出雲方面には行っていなかった。
もしかしたら、そろそろ神話に登場する神々が居るかもしれないからと、出雲に行ってみようと思い、日本海側を南下していた。
新潟を過ぎたあたりで、街道の真ん中で血まみれの男を抱える人の姿を見かけた。必死に名前を呼んでいる。
「タケミナカタ、しっかりしろ。もうやつらは追ってこない。」
物騒な時代になったものだ。2人が襲われたとすれば物盗りか何かか。
放っておくこともできないので、声をかけて傷口を見せてもらう。
明らかに刃物の傷だ。しかも長剣の刃物の類だ。基本的に石器を武器として使う場合は切るのではなくて突くのだ。長剣の場合も突くほうが確実だし刃こぼれがないが、逃げ惑う相手では慣れていないとつい振り上げて斬る場合が多い。
傷は深くはなさそうだが、傷口はかなり長く袈裟懸けに切られている。
神謡の知識や、こちらに来てから知った知識で応急用の薬草や包帯がわりになる細い帯状の布などは追持ち歩いている。俺は不老不死だから必要ないが、こういった怪我人や病人に出会ったときに使うためだ。
人間として助け合うのは当然だが、それと同時に、助けることで相応以上の情報が得られることが多いのだ。
「とりあえず、傷口を薬草で消毒して血を止めたけど、熱が出ると危険かもしれない。どこか安静にできるところに運ばないと」
「ありがとうございます。私はコトシロといいます。弟が追っ手につかまり斬られたのです。」
コトシロは見た目は男だったが、声は女性のようにも聞こえる。
辺りを見回すと、少し先のほうに集落が見えている。
そこに連れて行こうとしたが、コトシロは追っ手が来ているかもしれないので、どこか別のところがいいという。
あまり激しく動かしたくないので、街道脇に入って大木の影にテントを張って休ませることにした。
少し落ち着いてきたので、じっくり二人の様子を見て驚いた。
なんと、剣を持っていた。
すっかり、金属を作るのは諦めていた。大木を切り倒すのも鋸があったら楽だろうなとは思っていたが、何度か金細工を作って見せても北の縄文人はあまり興味を持ってくれなかった。
それが目の前にあるのだ。
もう、こんなに時代は進んでいたんだ。
「あなた様は?」
コトシロが聞いてきた。
「深緑の王国、岩城王の父、オオキミという者です。」
「私はアシワラノナカツクニのヤエノコトシロ、こちらは弟のタケミナカタと言います。ご面倒をおかけして申し訳ありません」
血の気が引いた。葦原中国は大国主神の治める国、そして、コトシロは八重言代主神、タケミナカタは建御名方神という神話の神々だ。
しかも、いきなり超ド級の厄介ごと。
と同時に、しまったという顔をしてしまった。
「申し訳ございません。厄介ごとに巻き込んでしまって。このまま、何も見なかったことにして立ち去ってもらっても構いません」
眉間にしわを寄せた顔を見られてしまったので、コトシロは慌ててそう言って頭を下げた。
「いや、気楽な一人旅で、全国の情報を集めているところですから、あなた方には不謹慎かもしれませんが、厄介ごとは厄介と思わずに楽しむようにしています。お二人ともお助けしますので、この厄介ごとの事の顛末をお聞かせください。」
「しかし、本当に厄介なことなのです。命にもかかわりますし、土地を治める者にとっては、私たちに関わることでどんな問題が降りかかってくるかわかりません。」
俺が、しまったと思って顔をしかめたのは、決して厄介ごとだと思ったからではなくて、こうなる前に出雲を訪れて大国主神にお会いしたかったのだ。
もう少し早く、先代の巫女の亡くなったときに行っておくべきだった。
後悔してももう遅い。
「大丈夫ですよ。それに、アシワラノナカツクニだけの問題ではおさまらないのでは?」
今、出雲に向かうの危険すぎる。
この二人が新潟近くまで追っ手に追われて来たというのは、国譲りの真っ最中だということだ。
タケミナカタの意識が戻ってきた。
もう日暮れが近いので、干し肉とスルメをゆっくり噛んで食べるように言って手渡した。
追手がかかていることを警戒して火を使わないようにしたためだ。
翌日、二人から詳しい話を聞くことにした。