129.巨木の集落
深緑の王国があるのは青森県五所川原市の北、津軽半島よりの平野と丘陵の境目の辺りだと思う。
この時代は、十三湖が現世の頃より数倍も大きく内陸へ伸びていて、周囲も広大な湿地になっていて正確な場所の特定が難しい。
ここでは巨木を組んだ巨大木造建築の中に集落を作っていた。
このような遺跡は発掘されていない。
なので、俺が異世界だと思う判断材料がある唯一の場所だ。
巨大木造建築の構造はそれぞれ違うが、大半が丘陵のすぐ下に作られている。
建設時に足場を組んで巨大な柱を打ち立てるが、運びやすいように丘陵の高い側から足場を組んで巨木を立てていくのだ。
そのため、立地は洪水の被害に遭いやすいが、同時に巨木で4メートル近い高床式になっているので、通常の洪水ではびくともしない。
この時代の竪穴式住居を中心とする集落では洪水の被害を想定して高台に作るのが常識だが、ここでは少し違っていた。
ただ、さすがに津波、しかも巨大津波には耐えられなかったようだ。特に平野部は地盤も緩く地震で液状化したのかもしれない。それでも木造建築で、やたらと頑丈にできているから地震では倒壊しなかったわけだ。
ただ津波が1波、2波と立て続けに襲い、潮位が耐えられる線を越えたときにつぎつぎ浮き上がって倒壊、流出し始めたのだ。
意外にも集落民の人的被害は少なかった。ほとんどが丘の直下の建物なので山のほうに避難して助かった者が多かった。
なぜ、巨大木造建築に集落を入れたのか。
ここ1000年で寒冷化が進んできたが、もともと、この地はドカ雪が降りやすく、一晩で2メートル近い積雪になることもあるという。そのため、竪穴式住居では雪に埋まって酸欠、一酸化炭素中毒が起きたり、雪解け水が逆流して水浸しになったり、通常の縄文集落の作り方では対応できないという。そういう集落が無いわけでもないが、巨大木造建築を作る彼らには先祖は樹上に生活していたという言い伝えがあるので巨木文化に誇りをもっているらしい。
神謡の知識の中にも似たような古代文明はあったので、樹上生活期があった可能性も高い。
俺が住まう予定だったのは、イ・キ・ノ・キミ(岩城の王)の集落だ。
集落を治める王によって建物の構造も大きさも見た目も違うが、この集落だけは高台に作られている。そのせいもあって、他の集落よりは建物の高さは低い。かわりに横の広がりは巨大だ。
15メートル前後の高さの巨木が3.5メートル間隔で外周は10本×10本の柱が立ってる。
高床式で床下の空間は3メートル近い高さがある。4メートル前後の高さの空間が2層、屋上も含め各層はの床面は粘土に覆われている。
中央部の3本×3本の柱の部分は中央の柱が1本無いので8本の柱の囲む、広いスペースになっている。そのため柱の総本数は99本になる。この広いスペース、広場の部分は3層目の床がなく吹き抜け構造。屋上部まで吹き抜けで、屋上部分は格子状に丸太が渡してあるだけで、真上から光が差し込んでいる。中央の広場には大きな囲炉裏が作られているほか、何か所かに共用の竃が作られている。
2層、3層の壁はログハウスのように丸太を横にして壁を作ってある。
各層にさらに細い丸太で2段から3段のスペースが設けられていて、そこが集落民の居住スペースになっていて、厚手のあんぎん織りや毛皮などで間仕切りがしてある。
津波はなかなか水が引かない。
津軽平野のど真ん中、現世の五所川原付近まで古十三湖が広がっていて、内海のようになってる。海の開口部はこの時代はまだ広いはずだと思うが、もしかしたら津波で土砂が流れ込んで塞がりかけているのかもしれない。
茫然と津波の被害地域を眺めていると。
ミ・ヨ・ノ・キミ(水淀の王)の娘レラタサ(風に向かう)が平伏して、ありがとうございますと何度も感謝を述べている。
手をとって立たせて、皆が無事か確認してきなさいというと走って建物の中に消えていった。
イ・キ・ノ・キミはもう高齢だ。俺のいた塔の集落では長老といっても働き盛りで引退すると古老と呼ばれ教育者になるだけだったが、この氏族では死ぬまで長となる。死ぬまで長を務め、後継を指名できる者を王と表現するようだ。
「そろそろ、建て替えの時期だったんだが、困ったことになったな」
イ・キ・ノ・キミは高齢でもあり、この建造物を継いだ2代目になる。
息子はいない。
基本的に2代目から3代目で建て替えの時期になる。
技術を次代に渡すためにも必要なことで、材料は古い材料でも問題なければ使うようにしてある。
俺が集落に入って、新たに集落を建てようと思っていたのだ。
材料の木材も山から切り出して用意してあった。
ミ・ヨ・ノ・キミ(水淀の王)が話しかけてきた。
「先ほどは助けていただきありがとうございます。イ・キ・ノ・キミ殿は神をお迎えして、新しい塔を作られる予定だったとか。あなた様がその神様でしょうか?」
「はい、災いが近いとのことで参ったのですが、一足遅かったようです。」
神と呼ばれるのはもう慣れたので、否定はしない。
死なない、老けないだけで、何の力も無いのだけど。
「ぜひ、私どもの材もお使いいただき、私の集落の者も加えていただきたいのですが」
ミ・ヨ・ノ・キミの集落民は避難して無事だった。すぐ隣、丘の上と下で集落民同士も親しいという。
イ・キ・ノ・キミが話しかける。命あってこその王の務めが果たせるのだ。
「そういえばミ・ヨ・ノ・キミ殿のところも、建て替え時期で、木材は保管済みでありましたな。神をお迎えしたわけですし、ここは力を合わせて今までにない集落を作りましょうぞ。」
ミ・ヨ・ノ・キミはまだ若いが2代目だ。丘の真上のイ・キ・ノ・キミの集落が建て替えで丘の上を占有する前に、丘下の集落を建て替えてしまわないと木材搬入がしずらくなるのだ。なので、同時期の建て替えを予定していたらしい。
話し合いの結果、合同で巨大木造建築を建てることになった。