127.西へ
新章のはじまりです。
南の旅から帰ると約束通り巫女を選んだ。北のモシリ出身だ。名前はアシリレラ(新しい風)。名前の通り爽やかな感じで聡明だ。
巫女は神嫁も兼ねているが、塔の管理は巫女ではなくて男手に任せることにして、二人で高床式の寝殿を作ってもらって住んでいた。
子供はたしか5人。
アシリレラも長生きして大勢の孫やひ孫に囲まれて亡くなった。
亡くなると再び2,3年の旅に出た。
次が塔の集落出身でアペメル(火の粉)。
元気な女性だった。
子供は2人。
その後も、神嫁は天寿を全うするまで、一緒に暮らした。
神嫁の名前は全て覚えているが、子供の名前は自信がない。
コロポックルたちに授けてもらった神謡の知識は明瞭なのに、自分で覚える情報量には普通に限りがあるし、よく忘れるようだ。
神嫁が亡くなると、前と同じように2、3年ぐらい旅に出た。
そんなことを繰り返して、たぶん1000年から1500年は経ったと思う。
旅に出るたびに、俺がこの世界に呼ばれた意味を見出そうとしたが、見つけることはできなかった。
集落は順調だ。他の地域もだんだん豊かになっている。
交易の距離も以前より伸びている。
南方の貝殻のアクセサリーも交易でもたらされるようになってきた。
亀ヶ岡の遮光器土偶の作者には会えた。あの独特の目は遮光器なのか目のデフォルメなのか聞いたが、がっかりしたことに製作者本人もわからない、一言様式美だと言われた。豊満な肉体の妊婦というのが、この時代の富の象徴だという。つまり流行なんだそうだ。
期待していただけに、購入予定で琥珀やヒスイを用意して行ったが大きな収穫もあった。
ソバを手に入れた。ソバは亀ヶ岡の集落で栽培が始まったばかりだ。徐々に寒冷化して食料の変化も著しいが、ソバは丈夫でやせた土地でも栽培が可能だ。
やっと日本そばが食べられるようになった。
我が家はもともと鰹出汁より鳥ガラなどで食べていたから、かなり現世の頃の味に近づけることができた。懐かしく思うと同時に、最初の巫女たちにも食べさせてやりたかっと涙が出てきた。
北海道の南茅茅部の中空土偶の茅空の作者には会えなかったが、交易団を通じて中空土偶や土器製造に関して技術交換を行った。
そうこうしている間に、集落の住民ほぼ全員が俺の血筋になってしまった。
物見の氏族の大半も同様だ。もう、同じ集落、氏族から神嫁を娶るわけにいかなくなった。最初の神嫁たちの子孫は、血の繋がりからいったらだいぶ離れてはいるが、なんとなく自分の子孫を娶るのは気が引ける。
正直、塔の集落は俺不在でも大丈夫だ。ここ数百年、俺の神としての存在意義は全くと言っていいほど無い。
そんな折に、隣の深緑の王国とよばれる集落連合から俺に来て欲しいという使者が集落に来た。
神嫁も選べるように用意したという。
隣の深緑の王国は俺が転生したころから、物見の氏族と同じくらい大きくて力のある氏族だ。
王国とはなっているが、巨大木造建築を建てる設計者兼棟梁がキミとよばれる王のような存在となってその建物が朽ち果てるか本人が死ぬまで君臨する。
その新緑の王国で大地の揺れと大災害、そしてこの地すべてにかかわる危機が訪れると呪術師が予言したのだ。
塔の集落はこの使者が伝えた、深緑の王国の危機について、そして、後にこの地全体の危機が訪れることについてを、塔の集落の呪術師に占わせた。
使者が言ったことと同じ結果が出た。
それにより塔の集落は俺が深緑の王国に向かいそこで暮らすことを了承した。