115.結婚式
この時代に厳密な結婚という制度はない。好きになったら老若男女かかわらず、くっついてパートナーになって、家族を作る。そうやって、集落の個人の富のバランスがうまく保たれるようになっている。
例外は俺のように神嫁を貰う神や、呪術師にも娶るという概念がある。
理由は権力ではないが力のある個人が特定の集団を自由に作ると富のバランスが崩れる元凶になるからだ。
例えば、俺の家族という括りは、カンチュマリ、レブン・ノンノ、アシリクルの3人の巫女と今は息子のチュプカムイだが、俺たち家族には通常ある集落としての配分は少ない。配分がるのは酒や魚醤など複雑で専門的な加工工程のあるものだけだ。
家族の家計というか食料などは、貢物や供物で、食べ物以外のものはそれらを交換して入手する。あとは、俺やアシリクルで狩猟・採集に行き自分たちの食べる分をとってきて加工、保存する。ただ、それも神や巫女の仕事の合間だから量が限られる。それでも俺が来る前も巫女たちは事実上の独立採算で成り立っていた。
それもきちんと知ったのはカンチュマリが妊娠してからだ。
彼女がそういった家計の全てを取り仕切っていたからだ。
呪術師も似ているが、巫女や神と違って多少の供物はあるが貢物はない。それだけで生活はできないので、多少は集落としての配分はある。配分というよりは、自然暦や気象予報、干満予測などの報酬といった感じだ。
なので、独身貴族ではないが、パートナーがいないほうが、贅沢な暮らしができる。特に呪術師衆の集団を作っていると、俺たち家族よりも贅沢な暮らしができる場合もある。それを回避するために、呪術師見習いで若いものを入れなければいけないようにしている集落が多い。
クルマンタでのカント・ヨミ・クルがそういう贅沢な独身暮らしといえただろう。
呪術師は自然暦を作ったり、それを発表する重要な仕事をするので、集落内の特定の家族やグループに便宜をはかったり、その疑いを持たれたりすることを不名誉なことと考えている。
なので、ふわっとくっついたり離れたりという、通常の家族の作り方とは違い、きちんと結婚式っぽいことをする。公正な結婚で家族になることを、俺が取り仕切るかたちの祭祀で皆に宣言するのだ。
約束通り盛大な結婚式を行う。
これといった形式は無いのだそうだ。
結婚式といっても、キリストは生まれていないし、釈迦も生まれていない、日本の神様ですらたぶんまだ生まれていない時代だからどうしよう?
とりあえず、二人に誓いの言葉を述べてもらうことにした。
カント・ヨミ・クルは漆黒の衣装だ。何者にも染まらず、深く果てなき真理を探究するという意味の色だ。対してミナ・トマリは白に緑の唐草模様?植物の葉のようなものが描かれた衣装だ。植物の緑は生命を表すのだそうだ。
2人に牙玉を授ける。カント・ヨミ・クルには黒曜石で作った漆黒の牙玉。ミナトマリにはヒスイで作った緑色の牙玉。
そして、お互いにそれを交換する。
しっかりとお互いが離れないようにという意味を込めて牙玉を交換する。
堅苦しい祭祀はここまでで、あとは盛大に宴会だ。
久々に貝尽くしの料理だ。
転生して北海道で過ごした期間のほうが長かったのに、不思議と帰ってきたんだなという思いが湧いてくる。