114.動き出す集落
翌日の昼前に巫女たちも到着した。
ピリカもだいぶ大きくなったから、集団を守りながらやってきた。まだ小さい俺の息子にも優しく接してくれている。とても利口な犬だ。
旅としては長くはないが、海峡を渡るのは体力的にも精神的にもとても疲れる。
留守の集落民も迎え入れの準備で大変だっただろう。
拠点集落から戻る集落民も、自分たちの荷物をこちらに運び込んでから、北のモシリから来る俺たちの荷物を運ぶためにまた拠点集落にまで戻って出迎えてくれた。
なので、着いた翌日は全て休みにした。
狩猟も採集も休み。多少個人の家の荷物整理ぐらいはいいが、大堂関係の仕事も休みだ。
翌々日は狩猟・採集場の確認で家族の代表者と留守の人たち、呪術師衆と出かける。
カント・ヨミ・クルが新しい呪術師長として呪術師を束ねる。
呪術師は、自然暦と暦(月の満ち欠け)担当のカント・ヨミ・クルのほか、気象専門、潮位と潮の流れ専門で各1から2名の見習いをとって当たらせることになった。
以前の呪術師は気象専門にして、潮位と潮の流れ専門はもともと半島の拠点集落にしか置いてなったポストだったので、そちらで修業させた者にやらせることにした。
「オホシリカム様、皆さまお戻りになられましたので、ストーンサークルの設置を進言いたします。狩猟・採集場の配分だけでなく、再び戻ったことを記念する意味でもいかがでしょうか。」
カント・ヨミ・クルがかしこまって進言してきた。
「そういうことであれば、君が思うように、好きなように。ただし、後世に残るように設計してくれ」
新しいストーンサークルは集落のすぐ外側の、八甲田の峰々に続く道の入り口に建設される。
狩猟・採集場の多くがその方向になるというのもだが、今後、集落の住居の設置や墓に関しても、一定のルールを作ろうと思っている。
墓は今まで通り、長生きできたものは集落内に埋葬するが、墓碑は木材を使用し、集落内の主な道の両脇に埋葬する。今まで、熊や自然災害と戦って死んだ者は集落外延部に守り神として埋葬されたが、これも集落内にする。そのためにも、今まで好きかってに家の前とかに埋めていたのを道の両脇に整理する必要がある。病死のものは、かわいそうだが、今まで通り集落外ということになる。
ストーンサークル建設は夏の狩猟採集が落ち着く季節に行うことにする。
まずは、今優先するのは資源量を確認しながらの狩猟・採集だ。
連日、個人の狩猟・採集分も含めて、収量を土偶を象った粘土板に記録していく。
これは数年後には土偶型を作るのも面倒なので、ただの粘土板になってしまった。ただ、これには吊り下げて置けるように丸い穴があけられて、倉庫の中に吊り下げておいて在庫確認に使われるようになった。
夏になってストーンサークルの建設が始まったころ、カント・ヨミ・クルから相談があた。
「オホシリカム様、お願いがございます。」
そう言って平伏してきた。
平伏されるのは久々だ。
「何か問題でも?」
「いえ、問題というか、問題ということではないというか・・・」
歯切れが悪い。どうしたんだろう?
後ろからカンチュマリが息子をあやしながら話しかけてきた。
「ミナ・トマリのことでしょ」
「はい、そのことでお願いが」
ミナ・トマリがどうかしたのかな?
カント・ヨミ・クルは平伏して頭を下げたままそれ以上何も言わない。
「もう、情けないわね。ミナ・トマリからはちゃんと私たちに話してくれたわよ」
レブン・ノンノが話しかけた。
俺はなんのことだかさっぱりわからない。
「オホシリカム様、ミナ・トマリ様を私に下さい!!」
平伏したままカント・ヨミ・クルが大きな声で言った。
なるほどそういうことか。
でも、下さいといわれても俺のものでもないし何と言ったらいいのか?
あれか、ミナ・トマリ巫女の仕事を誰か代わりを用意いて欲しいということかな?
「うむ、ミナ・トマリの代わりを拠点集落に用意して欲しいということだな」
カンチュマリがすぐ後ろから話しかけてきた。
「オホシリ様、そういうことではないですよ。神が降りてから塔の集落の巫女は私たちだけでなく、拠点集落の巫女もオホシリカム様にお仕えする神嫁ということになっているんですよ。」
知らなかった。そうか、だからカント・ヨミ・クルがめちゃくちゃ畏れながらお願いしているわけだ。
「少し、ここで待っていてくれ」
カント・ヨミ・クルに声をかけて、後ろで子供をあやしたりしている巫女たちのところへ行って話を聞く。
「ミナ・トマリの気持ちは聞いたのか?」
カンチュマリ「はい、オホシリカム様がお許しになればカント・ヨミ・クル様のところへ行きたいと言っておりました。」
「やはり6年も放っておいて神嫁もなにもないだろうに。本人がそれでいいなら、祝福してやりたいが、どうだろう?」
「私たちからもお願いします。それと、今後は拠点集落に巫女は必要ないかと思います。こちらの復旧もできて、向こうは今まで通り交易中継が中心の集落になるかと思いますよ。」
カンチュマリが提案してきた。
確かに、今までは移住集落民が多く、通常の集落運営をしなければいけなかった、その中で呪術師の発表する自然暦やその後の狩猟・採集場所、期間の発表が円滑に進むように巫女という存在が必要だったのだ。
「うぅーん。その中継だが、今までより大規模になるかもしれない。ただ、巫女制度は無しにしてもいいかと思う。」
俺はカント・ヨミ・クルに向きなおった。
「大いに祝ってやる。巫女の任を解き、お前と一緒になることを許す。すぐに使いをだそう」