110.玉を貰う
夏至が終わると1人でピリカノ・ウイマムに向かった。
子供の世話は母親のカンチュマリと2人の巫女に頼んで出かける。
アンヂ・アンパラヤに別れを言うためだ。
俺の人生は恐ろしいくらい長いと思う。人との出会いは矢が通り過ぎるほどの速さで過ぎ去っていくに違いない。だから、その出会いひとつひとつを大切にしておきたいのだ。
意外に思われるかもしれないが、長い人生だからこそ、一瞬に愛しさを感じるようになるのかもしれない。惰性で5000年を過ごしたいとは思わない。
アンヂ・アンパラヤと再会できた。
これが直接会える最後かもしれない。
彼からは美しい十勝石を貰った。欠き割れば黒曜石の石器が作れるが、勾玉ににた形状に見事に磨かれている。青みがかった黒に、青や赤の筋がまるで宇宙に広がる星雲のように見える模様だ。ヒスイよりもどちらかというと俺好みの色あいだ。
「オホシリカム様、これはコロポックルたちがオホシリカム様に捧げたいと持ってきたものです。刃物ではなくて、このような牙玉の形状になるように磨いてお渡しして欲しいといわれまして、私たちの集落で磨いたものです。磨いてみて驚きましたが、とても素晴らしい色合いで私どももこれを贈れることは黒曜石の交易集落として栄誉なことです。」
「ありがとう。これはまるで宇宙みたいだ。宇宙といってもわからないかもしれないけれど、神々すらも見下ろす果てなき世界のことだ。未来永劫の宝にするとコロポックルたちにも伝えても欲しい。」
「コロポックルからも言われてました。神々よりも高きところにある世界のように見える石だから、丁寧に磨いてお渡しして欲しいと」
「本当にありがとう。」
さっそく穴に紐を通して首から下げる。
勾玉が出てくると時代が進んできた気がするな。
牙玉に似た形状とアンヂ・アンパラヤが言ったが、ようは動物の牙や爪を装飾にする場合もあり、形状的には勾玉に似ている。しかし、現代の考古学では玦状耳飾という円形で一部の欠けた耳飾りが勾玉の原型とする考え方が一般的だと聞いた覚えがある。
ただ疑問に思うのは、玦状耳飾に使う美しい貝殻は南方でしか取れない。北方では、やはりクマやオオカミの牙、爪などをもともと装身具として使ってきた。
もちろん、交易品で貝殻の耳飾りも入っては来るが、耳飾りと首飾りでは別物だ。
「まるで、宇宙を手にとったように美しい。」
「はい、もともと牙玉も、必要なものに確実に手が届くことを祈願して、動物の牙や爪を使います。ですから爪や牙を模して、ヒスイであれば、緑、メノウや普通の赤い十勝石であれば血の色で命に手が届くとして、採集・狩猟の祈願として身に着けます。ですから、これはきっとオホシリカム様がいう宇宙とやらに手が届くということなのかもしれませんよ。」
なるほど、言われてみるとその通りかもしれない。
夜遅くまでアンヂ・アンパラヤと話し込んだ。
直接会えるのは最後かもしれないが、これからも交易でお互いの氏族は長く付き合うことになる。
交換した土偶はそのままにしとくことにした。




