102.新しい土偶
3年目の冬は南のモシリ(本州)に残してきた長老格の南方との取引を行うアペ・ルイ・ト・ヒ(燃える土の翁)、ミツ・ソ・ピ・ヒ(緑青の石の翁)、アカル・ヒ(瑪瑙の翁)の3人とその配下が来て過ごすことになった。
南のモシリの留守中の長老代理は巫女のミナ・トマリと補佐に呪術師のカント・ヨミ・クルを指名したそうだ。他にウルシ・アチャ(漆の伯父)も向こうに残る。
こちらにいる、黒曜石交易の長老アヂ・ノ・チプ(黒曜石の船)、狩猟系の長老アシリ・ウパシ(新しい雪)と合わせて主に交易系長老が集って作戦会議だ。
ついでに、冬場なので行ける範囲で手分けして人材発掘。
周辺集落をまわって交易団に役立ちそうで、やる気のある若者を探しだしてくる仕事もだ。
なので、食料もいつも以上に用意する。
酒も十分な量を作らなければ。
そして、文字のことだが・・・。
やはり、神謡の知識にもあった。かつて文字を作ろうとして、いや正確には文字のせいではないが、権力を遍く束ねようとして人々の中に諍いを巻き起こした者たちが多くいたのだ。文字というのが、一般の集落民にはわかりやすい権力の形だったのかもしれない。だから、文字が諍いのもとになるという考えが定着したのだ。
ただ、これがないと困るのも確かだ。
何度目かの会議の時に皆に試作品を見せた。
土偶に小さな黒曜石をはめ込んだものだ。他にも小さなヒスイをはめ込んだもの、動物の絵を描いたもの、琥珀を埋め込んだものなどの、まだ乾燥させていない粘土で作った土偶だ。
「これに丸い枝でくぼみをつける。くぼみ1つが人が1人で運べる最大量を示す。たとえば黒曜石のはめ込んだ土偶に窪みが5つあれば5人で運べる量の黒曜石などのように、量目を示して記録する方法を考えたんだが意見を聞きたい。文字ではないので皆の嫌悪感もないと思うのだが。」
皆に手渡して実物を見てもらう。
「今までは各自の専門の品だけを交換して交易を行ってきたが、今後はより緊密にお互いの交易品の状態を知っていないと、在庫がだぶついたり、品物が足りなくなったりする恐れがある。これで、各自、手持ちの品物の在庫情報を共有してはどうかと思う。乾いてきたら、割るのではなくて、できるだけ粉々に砕くか水で戻して再利用してくれるといいと思う。」
皆はこの方法に賛成のようだ。他の交易団にバレないように、実物を埋め込むのではなくて自分たちだけがわかる絵のようなものや形で品目を判断できるようにしたほうが良いということになった。
確かに古代には強制的に権力を広めるための文字ではなくて、特定の集団だけが秘匿しながら記録するために使う文字もある。エジプトの神官文字やヒエログリフ(神聖文字)もそういった類のものだろう。
そういいった考えの文字には嫌悪感はなさそうだ。
まぁそれでも、使い終わった土偶は跡形もなく粉々に割ることを約束させた。
新しい土偶の可能性だ。




