101.交易の問題
無事、集落まで戻ってきた。
今回は交易ではなかったものの、何も無いのも恥ずかしかったので、アザラシの毛皮、イトウの皮を仕入れてきた。他は世話になったからと上物の黒曜石ナイフを何本かいただいてきた。
夜の寝床のローテーションはアシリクルが旅行期間と同じだけ、俺の隣になるのを外されそうになったが、あまりにそれはかわいそうなので帰りにかかった1週間だけにしてもらった。実際、二人っきりの夜はその期間だけだった。
まぁ留守の2人の巫女たちも寂しくてかわいそうだったのは確かだが。
戻るともう、秋の採集の季節で、キノコ採りからはじまって、マスも上がりはじめる。忙しく狩猟・採集の仕事をこなしていると、交易系長老の1人アヂ・ノ・チプ(黒曜石の船)が相談にやってきた。
「オホシリ様、相談があるのですが。」
「何か交易で問題でも?」
「今のところ大きな問題ではありませんが、南方産の黒曜石が思いのほか多く入ってきていまして。」
「遠いから交換率がだんだん悪くなるからさほど心配してなったんだが・・・」
「それが、アザラシやオットセイの皮、その他獣の毛皮などとの交換率が非常によくて、こちらの北のモシリ側まで南方産黒曜石が入ってきています。今までですと、ヒスイや琥珀で交換するか、大量の毛皮で黒曜石を交換していましたが、南方産は、少ない獣の皮と交換できるので一気に広まりを見せているようです。」
「ということは、半島を飛び越えての交易ということ?獣の皮は、北のモシリのほうが価値が低いが、南では獲れないものだから、南に運べば価値が高くなる。黒曜石をわざわざ海を越えて運び込んでも、プラスになるということだろうか?」
「はい、そのようです。今のところこちらの黒曜石の価値が大きく揺らぐほどではありませんが、小集落に獣の皮で黒曜石が安価に手に入ることが知れ渡れば、少しやり方を考え直さないといけないかもしれません。」
確かに今の北海道産、地産地消といっても、黒曜石、獣の皮どちらも地元では簡単に入手可能だ。黒曜石はたくさんとれるとはいっても限られた地域、一方の獣の皮は北海道全体で獲れる。だから、小集落で黒曜石を手に入れるためには、獣の皮をかなりの量と少量の黒曜石との交換になる。
一方の獣の皮は南では高級品だ。南方産黒曜石を交換する場合は少ない獣の皮で済んでしまう。
ただ、これだと長距離交易団がいないと実現できないんじゃないかな?
中継交易だと、途中の交換で価値ばかり上がってしまって、ここに届く頃には結局、北海道産黒曜石より高くなってしまうはずだが・・・。
「新たな交易団が入ってきているのかな?」
「はい、ただ、今のところは様子見ではないでしょうか。海路でこちらまで来ているようなので、陸上よりリスクは高いかと」
馬や荷車(車輪)のない時代だから、丸木舟とはいえ舟のほうが荷物は多く積める。ただ、難破のリスクは高い。よほど自信があるか海沿い集落の協力が取り付けられたかだな。
「では、こちらから獣の皮を交易団を使って可能な限り南へ持っていく。そうすれば、むしろこちらより少ない量で、高い価値のものと交換できるのでは?そして、北に入る南方産黒曜石の量も少なくできる。」
「確かにそうですな。ただ、そのためには我々が獣の皮と交換する商品を用意しなくてはなりませんし、我々の黒曜石の在庫が増えます。こちらの交易人の人数も増やさねばなりません。」
「まずは獣の皮の取り扱いを増やす。
その代わり、獣の皮を交換する品物は、南方産黒曜石の場合は今までの倍以上の量を求めて、極力ヒスイ、琥珀、アペルイト(アスファルト)と交換するよう向こうに指示してくれ。そのうえで南方産黒曜石を仕入れた分は、可能な限り半島より南で交換を済ませるように。そうだな。獣の皮を商うのはアペルイト(アスファルト)の産地(秋田)の集落辺り、黒曜石がだぶつく分は狩猟系の集落が多いピナイからの新ルートやアッピ、マプチ(岩手県北)で交換はどうだろう。
さらに、琥珀の産地に直接取引ができるよう東の調査も続行してくれと伝えてほしい。
商材のほうは近場で獣の皮があるのは山を越えたところのピパイロ首長の集落がある。そちらと交渉して、オットセイの皮を仕入れて向こうに送ってくれ。手持ちの越冬用の毛皮以外も全て南に送ったほうがいい。」
要は、こちらから獣の皮を南へ運べば、北海道に入る手前で交換が済んでしまう。しかも、南へ持っていけば持っていくほど、南方産の黒曜石の価値は、ヒスイや琥珀と比べても下がっていき、珍しいオットセイやアザラシの皮の価値は上がるはず。
今までより多くの黒曜石と交換するか、他のヒスイなど高い価値のものと組み合わせて交換せざるおえない。うちの集落にとってもプラスになることだし、せっかく友誼を結んだトカプチの黒曜石の生産集落のアンヂ・アンパラヤたちとの関係も維持できる。
それでダメなら価格競争しかない。こちらも北海道産黒曜石を南方の遠くまでぶち込むしかないだろう。
「交易人を増やす計画も、翌春までに具体的に進めたい。仕事が増えてすまないが、当面は黒曜石以外に獣の皮のほうも頼む」
「これだけの内容ですと、一度全長老に集まっていただいたほうがいいのでは?」
文字がない辛さだな・・・。
指示量が多いと、全てが伝わるか?伝えられるか不安が募る。
「冬場は向こうの交易もほとんど休みになりますし、冬に入る最終の連絡の舟で、長老たちに一度こちらに来てもらってはどうでしょう?春一番最初の戻りの舟で獣の皮など物資も大量に運べるかと」
「そうだな、久々に皆とも話したいし、その方向で頼む」