100.帰路
トカプチでは晴天続きだったが、帰路は雨にあたることが多かった。
それでも、かなりの日数を過ごしてしまったので、雨の中も歩き続けている。
マコマイの集落から、支笏湖方面にすこし山のほうに入ったコロポックルの隠れ里に行き、シカルンテたちが無事、人々からトカプチの恐れを解きほぐすことができたことなどを両親や長たちに伝えた。神謡の件も無事承ったと伝えた。
ここも徐々に外界と交わっていくだろう。
北海道のアイヌ文化はもしかしたら、この交わりの中で生まれたのかもしれない。
自然を知り尽くしたコロポックルたちの自然と共存する生き方が少しずつ浸透して新しい文化が生まれたのかも入れない。
いや、もしここが過去ではなかったら、アイヌ文化とも全く違う新しい文化ができるかもしれない。俺が得た神謡の知識では前者が濃厚だが、それでも、なぜか過去である可能性を否定して、異世界はもう無理としても、せめてパラレルワールドであって欲しいいという考えが常に思い浮かぶ。
夏なので気温が高めだということもあって、寒さを感じるような状態ではないが、ウスまで着いたらゆっくりしてもいいだろう。
途中の集落ではどこも往路の時と同じように歓待された。
やっとのことでウスまでたどり着いた。
ここまで来れば、残りは半分以下。
1日は温泉に浸かってゆっくりしようと思う。
いくら2人旅といっても、集落に入ると歓待されて遅くまで宴だし、トカプチでもほとんどウェン・カム討伐隊と一緒で二人っきりになる時間がなかったのだ。
そこで、1日温泉にしようと思ったのだ。
アシリクルには何も言っていない。
「アシリクル、少し寄り道していこうと思う。」
ウスの集落の手前で川沿いに上流へ向かう。
すると川岸でお湯が湧き出ているのか立ち上がる湯気が見えてきた。
ここにも集落民が作ったと思われる露天風呂が何か所かある。
川沿いの少し高い場所にテントを張る。
だいぶ慣れてきた。慣れてきたというより神謡の知識で効率よく作れるようになっただけなんだが。
適当な木を組み合わせてテントの骨組みを作って、何日も住むわけではないので、イタドリやそこらへんの丈の高い草類で屋根を葺く。
神謡を授かる前は、同じように作れても、時間はかかるし、雨漏りはするし、だったが、今は雨漏りも全くないし、狩猟の名人たちより早く張れるはずだ。
今日は少し頑張って作った。
アシリクルは薪を集めて火を起こしている。
そう、最初にやることやって最後に風呂に入ってゆっくりするのだ。
やっぱりアシリクルは身体を動かす量は他の巫女たちより多い。ステキに引き締まった身体で、アスリート体型といった感じだろうか。
髪もショートカットでボーイッシュな感じだが、じーっと眺めていると恥ずかしがるところもそうだが、女性としての魅力も十分ある。
留守の巫女たちも女性の魅力は負けていないけど、風呂に入る時のあけっぴろげな感じがなんか違うって、いつもちょびっとだけガッガリする。
その点、アシリクルと風呂に入ると、男と女という意識がはっきりして、何となくいい。
たぶん、ステキな女性に囲まれて贅沢になり過ぎているのかもしれない。
その夜は、久々に誰にも邪魔されず二人っきりでいることができた。
翌朝はゆっくり出発して、ピリカノまで1泊の行程だが、途中2泊の行程で向かうことにした。
もう、あの凶悪なオオカミも出てこなくなったというので、比較的安全に旅ができるようになったらしい。
それでも、何がでるかわからないので、警戒はするが、何事もなくピリカノ・ウイマム、そして北海道駒ケ岳の麓まで帰ってきた。
あまり山に名前を付けない文化のようで、北海駒ケ岳の名前はわからなかったが、その場合、近くの川の名前に呼ぶことが多いらしい。近くの川で有名なのはオシロナイだから、そのままオシロナイヌプリという山名になるそうだ。
それがわかったのは、ちょうど北海道駒ケ岳の麓、オシロナイという集落まで来たところで、帰路中の物見の氏族の今シーズン最後の交易団に追いついたからだ。
知った顔とであってホッとしたと同時に、この旅もいよいよ終わりだと実感した。