二章 小学校時代
幸せな幼少期が終わり、小学生になった。
それまでと変わらない生活が続くと思っていた。
だが、現実は違った。
程なくいじめが始まった。
身に覚えはなかった。
内容は暴言、暴力、物を隠す壊すは無かったが、一度だけプール授業の時に、下着を女子の荷物の中に入れられた事はあった。
私がおとなしく言いたいことも言えないのが、苛立ったからだろうか?
同じくいじめを受け、不登校になっていた男子と
仲良くしていたからだろうか?
なぜか親にも教師にも言えなかった。
報復を恐れたからだろうか?今思えば情けない話である。
話は変わるが、私は勉強が苦手だった。
理科と社会は興味もあり理解もできた、が国語の漢字筆記と算数が苦手だった。
漢字は(ワープロがあれば良い)算数は(電卓があれば良い)
ローマ字は(何でこんなの覚える必要ある?)だった。
もちろん、ダメなのは解っていたので、楽しく勉強できる方法を当時なりに模索し、
親にも提案したが「長続きしない、無駄だ」と一蹴された。
その癖、算盤や剣道を習わせられた。
あまり覚えてないが、やるとは言った、と思う、が確かに長続きしなかった。
やっては見たものの、それ以上の興味が湧かなかった。
言い訳すると、剣道はそもそも性に会わなかった。
今でも武道全般に嫌悪まではいかないが、それなりのマイナスな感情がある。
算盤は別の理由、小学校時代最大の不幸が私一家に降りかかり、
なし崩し的に辞めた。
小学校時代最大の不幸、それは小学三年の頃、火災にあったこと。
向かいの家の失火で火元は老夫婦が住んでいた。
当時の家は全焼した。
今思えば、それからの両親は生きる気力を無くしていたように思う。
結局、家を建て直すことをせず、土地は叔父に譲っていた。
家は市営住宅になった。元いた家も古い木造だったが。
以降、貧乏が加速していったように思う。
当時の子供はみんな持っていたゲーム機もなかなか買ってくれなかった。
五年生になってやっと買ってもらえた、がその当時すでにいじめの真っ只中、友達は少なかった。
母親が嫌がるので、友達を家に呼べなかったというのもあるが、寂しい小学校時代だった。
その後、六年間いじめに耐えて、中学に進学した。




