9話 趣味
「しまった。本を忘れてきてしまった」
下校中に俺はカバンの中に本がないのに気づいた。
俺は読書をする。本はいろいろな世界を楽しめるから好きだ。学校でもちょっとした待ち時間とかがあれば見ている。
自分が主人公になったつもりで読める本もあれば、自分が神様のような視点で見れる本もある。
内容は面白ければかなりお堅い本からライトノベルまで何でも読む。
ただその本をついうっかり図書室に置いてきてしまったのだ。
別に図書室で読んでいたわけではない。今日のボランティアが図書室で、カバンを整理したときに出てしまったのである。
今日置いてあった本は、ややライトノベルよりでカバーはしてあるが、表紙や挿絵がちょっと卑猥なので、見つかった場合自分のものといいづらい。
「しゃあない。戻るか」
今日の手伝いは楽だったし、まだまだ閉館までは時間がある。
もう誰もいないだろうし、さっさと拾ってこよう。
(と思ったのに、なんであいつが)
俺が図書室に戻ると、まだ1人残っていた。
しかもその相手は橘である。まぁ面倒くさい。ああ、あれはシャーベットか。
最近はわざわざ教室にきて、俺の横で俺の悪口で柏木と盛り上がっていることがある。
2人が仲良くなればなるほど、俺の好感度は下がる。
だが、いい点もある。柏木の評価が少し良くなったのだ。
言わずもがな、ほぼ完ぺきで学校全体で好かれているシャーベット。割と対等な友人関係となると、少なく、そのシャーベットと仲良くしていると言うことで柏木がそこまで悪い子ではないのでは? という評判になった。
とは言ってもシャーベットは柏木と違う意味で男子が近寄りがたいので、余計に男子の接近ができなくなったりしているが。
2人だと、うまいこと俺が言いくるめることもできずに勢いで論破されてしまう。2人をいじれなくなった。
「ったく、何を熱中して読んで……、って俺の本じゃん!」
特徴的なブックカバー。あれは昔BO〇K・OFFで景品でもらった栞紐つきの青色のロゴ入りブックカバー。あれをシャーベットも持っているという低い確率を考えなければあれは俺の本だ。
仕方ない。内容が割と卑猥だし、たぶん途中でやめて置いてくか、忘れ物として渡すだろ。少し様子を見るか。
俺は図書室に静かに入り、影からシャーベットの様子を見た。
(読み始めかよ)
まだページが右側にかなり薄い。ほとんど今手に取ったようだ。
「くすっ」
(笑ってるし)
あのラノベはコメディ部分が多い。しかもよくありがちなパロディではなく、ちゃんと文章で笑いを取る。
パロディは元ネタを知らないと笑えないので、そこはこの作品を俺が気に入っているところ。というか、その作者を気に入っているのだが。
ただ、そのセンスが独特で、せっかく面白いのに少ない巻で終わってしまうことも多い。それが残念だ。
(あれで笑うってことは俺とそこらへんの好みは一緒なのか……。意外だ)
ちょっと共感してしまった。
だが、そのあとのページはだめだろうな。
この作品は読み物としてかなりレベルが高い。ただ、パロディなしでとる笑いには、割と下ネタやエロネタも多い。そのくせ最初の人物紹介みたいなカラーページはそこまでそんな感じではないので、まだ気づいていないのだろう。
「っつ!」
あ、閉じた。あのページに引っかかったな。
やっぱりだめか。正直挿絵がR-15どころか、R-18でもおかしくないレベルだからな。絵がやたらいいものだから、余計にいやらしい。
机の上に置いて立ち上がってしまった。もう触るのもダメか。
「ん?」
ところがすぐに帰るかと思ったら、周りを見渡しはじめた。
(おいまさか)
しばらく見渡すと、また座って読み始めた。
(まじかよ)
何気に入ってくれてんねん。これだと逆に難しいじゃん。
今出てくと絶対にキレられるし。いろんな意味で。
とは言っても返してもらわないと困る。
はぁ、気が重い。また嫌われるかー。
「おい」
「ひゃああああ!?」
後ろから話しかけると、恐ろしいほど高く大きな声で橘が叫んだ。うるせぇ。
「橘、図書室で大声を出すんじゃない」
「き、きききき桐林くん、なんでなんでなんでいるの、帰った帰った帰った帰った、帰ったはずじゃはずじゃない?」
「落ち着け」
壊れたCDから変なラップの人みたいになってる。
「私は落ち着いていて、冷静よ。ちょっと何言ってるか分からないわ」
言いながら手に持った本を何とか隠そうとしているが、手がおぼつかないようで、落としては広いを繰り返している。
「全然落ち着いてないって、落ち着けってシャーベット」
あ、すげぇ怒り顔になった。つい心でシャーベットって思ってたからついうっかり口にしちまった。
「私はシャーロットよ! というかミドルネームで呼ばないでよ。それはファミリーになる人以外には呼ばせないわ」
あ、冷静になった。柏木のシロクマと一緒で、ボケを無視できないタイプか。
「いいじゃん。シャーロットとは呼んでないんだし。シャーベットじゃん」
「そもそも間違ってるのはおかしいでしょ! ずっと橘って呼んでたのに」
「橘じゃ他人行儀じゃん」
「あなたとは他人でいいのよ!」
「まぁじゃあ仕方ない。もし今後橘と仲良くなったら、シャーベットって呼ばせてもらうぞ」
「私はあなたのこと好きじゃないけど、今の発言でより仲良くなりたくなくなったわ」
すっかり呆れ顔だが、とりあえず話はできそうだ。
「それでさ、しゃ……橘。その本なんだが」
「ほ、本? これはね。もしかしたら落とし主が分かる情報が無いかと思って、中身を見てただけよ。というか、シャーベットって言いかけたわね」
あわててはいるが、1回冷静になったおかげで、まだ何とかなりそうだ。
「悪いな、それは俺の本だ。手間かけて悪かったな」
さて、どう反応するかな。俺がこういう本を持っていることを咎めそうな気もするのだが、シャーベットは妙に真面目なところがある。自分が目を通した以上は、直接には俺を攻めてこないと思うが。
「あ、ああ、そうなのね。じゃあ返すわ……」
そういって、俺に本を渡してくる。
「…………」
「…………」
何も言ってこないな。ちょっと話して見るか。
「どうだった? これ」
「え? なんで私に聞くの?」
「俺ついさっきここに来たんだけど、適当に見てる感じじゃなくて、それなりに中身を見てる感じだったしさ」
「えーと、そうね……」
別に見てないって言えばいいのに、橘は不器用だな。
「絵はとっても可愛らしいけど……、絵はふしだらで……、話もとっても面白いけど……、不必要な不健全な文章が多かったわ」
褒めてるけどぼろくそだ。やっぱり駄目か。そこそこ見てたから、俺の本って言っても揉めないと思ったが。
「でも、くすっとできる面白い文章が書けて、心にすっとくるような目言い回しもあって、台詞もかっこよかったかも」
「え?」
「主人公がちょっと変わり者で、トークが面白くて、それでも一途で……、ちょっと破廉恥なところを覗けば、面白い作品なんじゃないかしら?」
すげーな。しっかり感想くれてるし。
「そっか。俺この作品最近見つけたんだけど、大好きなんだ。パロディや誰かを傷つける暴力描写もなくて、とにかくあまり考えすぎずに読めてさ。自分の好きな作品なんだけど、ジョニ男含めてあまり文字の本を読むやつがいなくてさ」
「そ、そうなの」
「やっぱ自分の好きな作品を褒められるのは気分がいいな。もし良かったら読まないか?」
「……べ、別に……」
「一気に大人買いして今2週目なんだ。7巻まで出てて面白いぞ」
「じゃ、じゃあとりあえず1巻だけね」
断られるかと思ったら、割と素直に本に手を出してくれた。
「…………………………じゃあああり……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………がとう」
「何て言ったかわかんねーよ」
おそらく、礼を言ってくれたのだが、なんのこっちゃわからん。間が空きすぎだ。
「う、うるさいわね」
「でもさ、橘っていい奴だな」
「え、突然なんで」
「興味あっても、自分の立場とか立ち居地とか気にしてさ。俺あの本自分のって言い出したら、こんな不健全なものを読んでるなんてって言われてもっと嫌われると思ってた」
「別にそんなこと……、いえ、あなたのことは好きじゃないことは先に断ってはおくわね」
「いちいち言わなくても分かってる」
「でも、人に迷惑をかけない範囲でやってることなら何も言わないわ。ちゃんとカバーをつけてるわけだし、今回は私が勝手に見ただけよ。それに、娯楽はジャンルで括るものじゃないわ。面白いか面白くないかだけ。その表現方法の差だけよ」
「俺橘のことさ、もっと融通の利かないやつだと思ってたけど、やっぱいい奴だよ」
「ふん! あなたに褒められても嬉しくないけどね」
そして俺は岐路についた。