5話 とらえ方
「でも、あなたは不思議ですね」
「へ?」
美少女が急に話を俺に向けてくる。
「私、家族以外の男の人が苦手で……、まともに話すこともできなくて……」
「へー、女子高? それともお嬢様学校?」
見た感じおしとやかだし、そういうタイプかも。
「い、いいえ。そういうわけじゃなくて……、実は…………」
イマイチ話に要領を得ない。あまりしていい質問じゃなかったか。
「私口下手なのに……、思ったことをすぐに言っちゃって、それで人とうまく仲良くなれないことが多くて……。特に相手が男子だと……」
うーん、なるほど。
確かにさっきから、俺が普通に話しているのに敬語だし、話はできているが、妙にもじもじしている。
「それで、親にも注意されて、心機一転、ちゃんと話してみようと思って……、それで偶然話すきっかけがレスターのおかげでできたので」
「でもこうして話してる感じだと、そんなに気にするほどでもない気がするけど?」
意識しているとしても、本当におしとやかに感じる。仮に彼女の言うとおりだとしても、意識してここまでイメージを変えられるなら十分だと思う。
「それは……、私があなたのことを良く知らないし、あなたも私のことを良く知らないからでしょう」
なるほど。確かに下手に見知った関係だと急にキャラを変えたりすると逆に浮いたりする。
俺もいきなり女子に橘に特攻したせいで、一部友人から失笑を受けたことがある。あれはなかなかメンタルにくる。
それは友人関係とかじゃなくても、ちょっと知ってる程度でもウワサになる。
確かに俺が最初に外でのナンパ作戦を選んだのも、急に何あいつ? 的な感じを恐れたからだ。今となってはどうでもいいが。
「でもちょっと安心しました。男の人とも話せるようになりそうです、あ、パン代を返さないと……」
そういって少女はお金を出そうとする。そういえばそうだった。
正直既にパン3個分の値段より余程俺的には儲かっている。これだけパンを買って少女と知り合い、しかもお金をもらったら、俺が得しかしてない。
だが、ここでお金はいいよ、というのもどうなのだ。逆に気を使わすか? それはかえって申し訳ない気もする。
(正直これだけ可愛い子と話せれば、むしろ俺がお金を払いたいくらいなのだが)
「……、そ、そんな恥ずかしいです……、でもありがとうございます……」
ん? 少女が照れてる。あ、しまった。これは俺今思ったこと言ったな。
いきなり可愛いとか言ったら、きもいじゃん。それを許されるのはジョニ男みたいなイケメンだよ!
これ以上ボロが出る前にここを立ち去ろう。
「あ、あの……、私……梓……、柏木梓です」
まさかの向こうからの名乗り! そういえばけっこう話してたのに名乗ってなかった。
柏木梓か……、人のこと言えないが木編が多い名前だな。こういうところにも運命あり。これは俺が名乗れば、向こうも同じこと思うんじゃないか?
「あ、俺は……」
俺は名乗ろうと少し身を乗り出す。
「わん!」
「おっとと」
するとシロクマが俺の足元に走ってくる。しまった、カレーパンの破片が落ちてた。パンの部分だからいいとは思うが。
「あっ」
「きゃあ!」
シロクマの突進を受けて、俺は前のめりに倒れた。そして、目の前には先ほど名前を知った少女柏木。
俺は思い切り柏木を押し倒した。
ドシーン!
むにゅん!
痛い……? いや、ずいぶんと柔らかいものが顔に? 何だこれ?
俺は無意識にそれをつかむ。
なんだこれ? 柔らかっ。むに、むに、むに、むに、むに。
「何してんだ! 離せ!」
「ははぃぃぃ!?」
意識が朦朧としていた俺は突然の叫び声に飛び起きる。
そして立ち上がると、目の前には豊満な胸部を押さえて涙目の柏木が。あ、これはやってしまいましたなぁ。
「待て待て! 言い訳をさせてくれ!」
「殺す!」
「いやちょっと! さっきまでのキャラはどこに行った?」
発言もそうだし、さっきより2段階くらい声低いし!
「私はあなたを殺す」
英語から日本語訳みたいになってる! いや、意味分かってるし日本語は割と主語を省けるから。
「待て、さっきのは事故だ! どう考えても俺の故意じゃないだろ」
俺は足元でいじましくカレーパンの衣をかじっているシロクマを指して言う。
「……私もバカじゃない。ただ倒れただけならそこまで言わない」
「そうだよな」
よし、話せば大丈夫。
「だけど、人の胸を思い切り揉むのはどう考えてもおかしい」
「いや、無意識に目の前のものを触っちゃうのは仕方ないんじゃ……」
「5回もやる必要はあるのか?}
「すいませんでした」
話せば大丈夫じゃなかった。(胸を)離してないから大丈夫じゃないやつだった。
「まったく……男なんてやっぱりそうなんだ……、こちとらなりたくてこんな体になったわけじゃないのに」
「本当に申し訳ない! 俺が悪かった。でも男を全般的に嫌うのはよくないと思うぞ」
「男のあんたが言うな」
駄目だ。この状況では俺が何を言っても駄目だ。ああ、俺のロマンスの神様は厳しいな。
「ふん!」
そしてそっぽを向いて歩いていってしまった。ちょっと前も同じパターンがあった気がする。
「というわけで、俺の運命は厳しいものとなった。この短時間で2回もチャンスを得ておきながら、成功しなかった」
俺は昨日の出来事をジョニ男に話す。
「お前はバカだな。可愛かったんだろ?」
「まぁな。見た目は橘に全く劣ってない。ただ、あのきつい性格だからな。俺はあやうくだまされるところだった」
「対応がきつくなったのは、お前も悪いだろ。何で5回も触ったんだ」
「ジョニ男。俺もバカじゃない。俺は正直最初に倒れこんでダイブした時点でそれがあの子の胸ということには気づいていた」
「いや、バカだろ。気づいてたならすぐ立てよ」
「ジョニ男。俺もバカじゃない。俺はもうその時点で怒られると思った。だから、どうせなら触ろうとある程度故意的にやった」
「本当に大バカじゃないか」
「しかしな。俺はこの期間で貴重な体験をした。これは生かされると思う」
「失敗は成功の元ということか?」
「いや、俺はこの前橘のいわゆるかなりきわどい胸を見た。これで視覚的には満たされている。そして昨日あの少女柏木の豊満なおっぱいを触った。この2つの経験で、しばらく俺は困らない」
「お前最低だな」
「なんだ! 思春期男子がそう言うこと考えちゃいかんのか! おっぱいは性交の元だろうが」
「はぁ……。そんなんでお前に彼女ができる日は来るんだろうか」
ジョニ男が俺を見て嘆息する。
「いや、好感度が正直マイナスな自覚はある。だが、チャンスがなくなったとは思ってない」
「なんでだ?」
「正直さ、俺がなんとか頑張れば、好感度0に戻すくらいならできると思うんだよ」
「きちんと反省すればな」
「それで、0にできれば、ほかの同じ0の男子よりはよく見られる可能性がある。ピンチはチャンスだ」
「本気で思ってるのか?」
「まぁちっとは反省してる。だが、ポジティブに捕えないと、挑戦はできない」
俺も自分の発言を最低には思っているが、正直へこんでもいる。俺が前向きにいろいろ試みた結果が、基本的に全部裏目に出ているのだ。橘も柏木もとてもかわいくて、間違いなく俺の好みだった。その女子に2人も出会えたのに嫌われてしまうとは。正直こうでも考えないとつらい。
「そういえばさ、俺の横の席って誰なんだろうな?」
俺はその気持ちを変えるために、話を変えた。
俺の横の席は空席であった。さては転校生フラグか?
「ああ、そこの席の子は春休みに地元に戻ってて、始業式に間に合わなかったらしいぞ」
「なんだ」
最近女子とのフラグを乱立してるから、ここで転校生まできたら面白かったのに。
「女子か?」
「ああ、女子らしい」
俺のテンションはあがった。
「はい皆さん。新しいクラスになって、3日ほど経ちました。そちらの席が空席でしたが、今日登校してきますので、よろしくお願いします」
クラスの担任が説明する。
別に転校生というわけではないが、気分的にはそのような感じで悪くない。
いわゆる自己紹介などはないので、普通に登校してくるらしいが。
ん?
「おいジョニ男」
「どうした?」
「世間にはさ、二度あることは三度あるっていうのがあるよな」
「あるな」
「俺さ。ここ最近漫画みたいな展開を2回経験してんだ」
「まぁそうだな」
「ここである質問をする。俺が昨日会った女の子はおそらく俺たちと同世代だ」
「そうか」
「そして、このあたりで高校はここしかない」
この高校は割と大きめで、近くにあった高校を統合してできたものである。
「そうだな」
「つまりは……」
「皆さん、こんにちは、柏木梓です……、げっ」
教室の後ろから1人の女子生徒が入ってきた。
残念ながら俺の予想は当たり、昨日俺ともめた少女、柏木梓である。俺の隣の席である。
「…………、よっ」
俺はとても自然にあいさつした。
「…………」
無視された。
「……シロクマは元気か!?」
「シロクマじゃない! レスターだって言ってるだろうが!」
キレられた。いや、無視するなら徹底しろよ。
しかもパンチが飛んでくる。そういえば手が出やすいタイプって言ってたな。
「ほっ、はっ、とっ」
しかし威力も速度も遅い。俺は回避する。
「こらー! おとなしく殴られろ!」
「いやです」
「うぁぁぁ! むかつくし!」
「はいはい、いちゃついてないで席についてください」
「はい」
「はい……、って誰がいちゃついてんだー!」
柏木と同じクラス。思いのほか面白そうではある。