3話 なぜか知られていました。
「ふー、びっくりした」
2-1の教室を飛び出し、廊下の壁に背を預けて腰を落ち着ける。
「うーむ、しかしこれは幸運とも言える」
同学年、しかも学校でもトップクラスの美女の半裸を見ることというのは、まさに非日常的な出来事であり、まず俺に縁のある出来事とは考えておらず、そのためにはいかがわしい店に入る、あるいは犯罪に関わらねばいけないとすら思っていた。
これだけ堂々と無料で犯罪でもなく見れるのは、まさにラッキーとしかいいようがない。
強いて問題点を挙げるなら、犯罪にもならず、無料にもなるかは、この後の俺の動き次第でもあるだろうが。
ツンツン!
「ひ!?」
振り返ると、後ろにいたのは橘だった。
「あ、あの」
「あなた、2-3の桐林君でしょ」
「え? ああ、そうだけど」
名乗る前から身バレしてる! やばい、最悪ダッシュして逃げる手段が失われた。
知られていることがここまで嬉しくないとは。ジョニ男! お前の気持ち少し分かったぜ。あいつは知名度が高すぎて、なんかするとすぐにばれるからな。
「……えーと、確かに2-1は更衣室というわけじゃないわ。そこに誰もこないと思って、カギをかけてなかった私に全く何の落ち度も無いとは言わない」
お、攻めて来ない。これは。
「でも2-3のあなたが2-1の教室に入る意味が分からないの。何で?」
あ、やっぱり、いい流れじゃなかった。
「えーとですね、ちょっと人を探してまして……、だけど見つからなくて……、あきらめて帰ろうとしたら、他の教室は閉まってるのに、2-1が開いてたので、何気なくあけてしまいました。
うん、嘘は言っていない。これ以上追求されると、探していた相手が橘ということがばれるが果たして。
「見たわね……?」
「はい?」
話の方向性は変わったようだが、空気も明らかに変わった。やばい方向に。
「さて何のことか。俺と君はまだツーカーで話せるほどの関係じゃないと思うが」
「とぼけるのは結構だけど、私は3桁の番号を押せばあなたの社会的な存在価値を壊すことができるけど?」
「俺達は人間だ、口があるんだから会話しよう! うん」
いかんいかん、痴漢冤罪の冤罪じゃないバージョンみたいになってる。というか、それじゃただの痴漢だ。違う違う、触ったことは間違いないけど、事故だ事故。あーでも日本だとそれでも負けるよなー。あー、嫌だ嫌だ。
さて、見たと聞いてくるというと、まぁ先ほどのことだろう。
橘の性格はまだ付き合いがないので分からんが、基本的には直情タイプ。適当にごまかすよりも、素直になったほうが、解決はおそらく早い。
「えーと、それは橘の下着姿のことを指してるということで間違いないか?」
「忘れなさい! 今すぐに!」
「いや、そう言われても……」
アレを忘れろとは無理だ。むしろ覚えてたい。記憶にスクショ機能が欲しい。ほぼ生涯困らない気がする。
「…………」
「待て待て待て。無言でタップするな。その手の動きは完全に110だろうが」
「ならちゃんと言われたとおり忘れなさい」
「はい、そうします」
まぁ俺の記憶のことだから、橘には確かめようがない。ここは素直にOKしておこう。というか、無理だし。1年くらい経っても忘れない自信ある。
「もしくは、これにサインをしてくれれば、間違いなく信じてあげるけど?」
「あ、それでいいのか」
すると1枚書類を出してくる。誓約書か何かかな? まぁそれくらいならいいか。多分そういう書面上の約束を気にするタイプなんだろう。
「えーと、桐林いつ……、ってこれ退学届けやないかーい!」
危ない危ない。後2筆くらいで、俺の学生生活そのものが破綻するところだった。
「何かあったの? ずいぶん大きな声が聞こえたけど?」
俺と橘が問答していると、女性の先生がこっちに歩いてきた。うーん、女性教師か、これは分が悪いか?
「あ、木下先生! 彼に着替えを覗かれました!」
「おーい、それは誤解で話がついてなかったか!」
「えーと、桐林君だったかしら? 橘さんの言っていることは本当かしら?」
「えーと、嘘でもないんですが……、ちょっと事故で見てしまいまして!」
「ひどいんですよ! 用事もない2-1の教室に入り込んできて、私の一糸纏わぬ裸体を凝視してきたんです!」
「いやいやいや、待てや。嘘を言うな。下着はちゃんとつけてただろうが」
覗いたことは事実なので、それが過失か意図的かはまだ橘自身の受け取り方もあるのでまだいい。だが、ことを捏造されるのはさすがに困るので突っ込む。
「さっきの約束を破ったわね! 早急に忘れなさいっていったじゃない!」
「この事実を忘れてると、橘のほうが問題になるぞ」
俺がこの件を否定しないと、橘は教室でなぜか全裸になっていたことになるんだぞ。それはいいのか。
「えーと、とりあえず整理させてね。ちょっと桐林君が不用意に2-1に入っちゃったのは、それは分かったわ。でも何で運動部でもない橘さんが、教室で着替えを?」
「え、えーとそれは……」
ああ、そういえばそれは聞いてなかった。しかしいい先生だな。女子の先生なのに一件被害者っぽい橘の味方をしないで、ちゃんと俺と橘の両方の意見を聞いて状況把握をしようとしてくれてる。こういう先生ばかりなら、世の中ももっと平和だろう。この先生の顔と名前は覚えておこう。
「う~」
しかし橘がイマイチ説明をしようとしないな。
「あのー、先生すいません。スープが……、制服に……」
「スープ?」
「お腹がすいたので……、カップ麺を食べてたら……、制服に飛んで、目立つので着替えようとしました。すいません」
「別に学校内での飲食は禁じていないのに」
「でも、たくさん食べるのは、はしたないので」
女子っぽい悩みだな。というか、俺の間悪すぎたな。
「じゃあ、今回のことは事故ね。覗かれたのは恥ずかしいと思うけど、話を聞いた限りでは桐林君の落ち度は低いもの」
「はい……」
「それじゃあ2人とも気をつけて帰ってね」
そして、先生は去っていき、また2人きりになった。
「…………、とにかく! 今日のことは忘れなさい! とりあえず許してはあげるし、私の落ち度も認めるけど、事情が事情でも、私が被害者であなたが加害者というのは間違いないわ! 今日の事情をうまく使えば、次に会うのは……」
「なんだ。法廷か?」
「いいえ、あなたのお父様とお母様と会うことになるわ」
「リアルすぎる!」
これだけうれしくないお父さんとお母さんに挨拶するはないだろう。そして初めて言われたのがこれというのも悲しい。
「分かった。とにかく忘れる。それでいいだろ」
「ふん!」
そしてぷりぷりしながら、橘は去っていった。
うーん、割と気が強いんだな。もっと清楚なイメージがあったが。
しかし、これだけ好感度を下げちまうと、橘は難しいかな。
俺はそう思い、学校を後にした。