2話 ハーフな彼女
「で、学校内で誰を狙うんだ」
ひとしきり笑った後、ジョニ男が俺に質問してきた。
「お前の女友達は、お前に夢中だからな……。そこら辺は避けたい……、というか、どうせやるなら失敗前提で行って経験値を稼ぎたいから、難易度が高そうな子がいいな」
女子を選べるほど俺のスペックは高くないが、どうせなら可愛い相手を選びたい。上から挑戦していって、相手をしてもらえるレベルを見定めるのも必要だろう。
「それなら、橘さんなんて、どうだ?」
「橘? 橘ってあの橘か?」
「ああ、橘=C=恵梨香のことだ。確か彼氏がいる情報はない」
橘=C=恵梨香。俺とジョニ男のクラスである2-3とは別クラスの2-1の生徒。名前の通りいわゆるハーフで、金髪をツインテールにしている。金髪碧眼の容姿は嫌でも人の目をひきつけ注目を浴びる。その見た目なのに、日本語ペラペラらしいが。
成績は2年生トップ。スポーツもしっかりこなせていて、それでいてお高くとまってもいない。天がニ物も三物も与えた典型と言える。彼氏がいないのは、そのスペックのあまりの高さによるものだろう。
女子の中では、どっかの御曹司でも相手じゃないと無理というウワサがちらほら。
「正直女子ですら、友人関係を築くのも難しくて、1人でいることも珍しくないらしい。そんな橘を彼女にできれば一気に知名度アップだな」
「真ん中のCって何て読むんだ?」
「ミドルネームを略してるらしいが、基本的には橘恵梨香で通してるから、正式なのは知ってる子が少ないらしい。少なくとも俺は知らん」
「ああ、ケネディ大統領のFみたいなもんか」
あのFの意味知らないし。
「まぁいいや、行くか」
「え、行くのか?」
「もう俺には1回成功しかけた実績がある。これで失敗しても何とかなるさ。失敗は経験になる」
というわけで、俺は放課後に橘に突撃することになった。
「…………いねぇし」
ところが、掃除を終えてから、すぐに2-1に向かったら、既に彼女の姿はなかった。
他の人に聞いても分からないというし、一部の女子には鼻で笑われた。くそっ、こういうのが、草食系男子を増やす原因になるんだぞ。俺じゃなかったら、泣いてるからねっ。
その後もうろうろしまくったが、手がかりが無かった。
橘は部活にも所属していないし、特定の委員会などには入っていない。
さすがに家まで行くのは問題があるので、何とか学校で捕まえたかったが。
「まぁ別に今日で橘が転校するわけでもない。明日以降でもいいか」
思い立った日が吉日。明日以降どうなっていくか分からないから、今日やりたかったが、さすがに会えないのはどうしようもあるまいて。
「というか、カバンとか教室に置きっぱなしだ。戻るか」
俺はうろうろすることしか考えておらず、帰宅のことを考えていなかった。やべぇし、クラスのカギ閉められる。
16時を過ぎてくると、誰も教室にいない場合、教師が施錠してしまう。
カバンとか置いてあれば施錠しないでくれる場合もあるが、2-3は基本的にこの時間は締まっている。面倒は避けたい。
「あー、良かった、開いてた」
その心配は杞憂で、無事カギは開いていた。カバンを手に取り、帰宅準備をする。
「ん? 2-1がまだ開いてる?」
俺が下駄箱に向かう場合は、2-2、2-1の前を通るのだが、2-2は閉まっていて、2-1は開いていた。
なぜそれが分かるかというと、それはうちの学校のカギ穴の状態で分かる。
カギがかかっている状態では、鍵穴が沈むのだが、開いている状態だと、鍵穴が浮いているのだ。
うちの学校でカギを閉めるには、鍵を回しながら、奥に押し込んでカギ穴を沈める必要がある。
このおかげでまず閉め忘れはない。2-2が既に閉まっているということは、この辺りを1回教師が通ったことになるから、2-1も閉まっていない理由があるはずだ。
「……」
俺は何気なくドアを開けた。
「……え?」
「…………ん?」
そして案の定教室には人がいた。
そして、その人物は俺の捜し求めていた橘で間違いない。この学校に金髪碧眼の持ち主は彼女しかいないからまず間違えない。
橘がいる可能性はわずかながら考えた。そうでなければドアは開けない。そして、いたのだから、それは予想外ではない。だが、この状況が予想外だった。
橘は大きな瞳を更に広げてあっけに取られていた。下着姿で。
「あ、あ?」
そして俺と目が合い、明らかに目が泳いでいるのが分かる。その激しい動きはまさしくバタフライである。
要するにこの状況が飲み込めずに混乱しているということだ。それは俺も同じだが。強いて違うなら、俺の目は全く泳いでいない。
なぜって? ドアを開けたら、半裸の女子高生がいたんだ。そりゃ見るでしょ。逆に目が逸らせない。
今の状況を見るに、上は既に脱いでいて、下はスカートを今脱いだところである。ちょうど姿勢が前かがみだからな。俺は違う意味で前かがみになりそうである。
前かがみになって両手が腰に触れているせいで、胸部がかなり寄せられていて、制服の上からでも分かるほどの大きな胸が重力も手伝ってさらに豊満になり、谷間もくっきりと出てしまっている。
今の状況に焦りもあるのか、じんわりと汗も浮かんでいてそれが反射してより一層艶かしい。俺じゃなくても目を奪われるだろう。
しかし、こんな状況ってリアルにあるんだな。こういう経験がゲームや漫画以外であるというのも新鮮だ。問題点としては、俺がこの後実害を受ける可能性があるということだな。
「すぅー」
そして、数秒か数分か俺には判断できない時間が経った後、橘が息を吸うような音が聞こえた。
あ、これはまずい。
「きゃ、きゃあああああああ」
「ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
橘が叫んだので俺は更に大声で、長い時間叫んだ。
「いやいや、何であなたが驚いた声を出すのよ!」
「そ、そっちが大きな声を出したからだ」
後叫び声をごまかすためだ。ただより大きい声を出したら、悲鳴は聞こえなくても、俺の声に反応して誰か来る可能性が高いことが想定されていなかった。やはり俺も混乱している。
「当たり前じゃない! 堂々と覗きをする変態が現れて、叫ばないのは、露出狂か変態かその変態と知り合いの場合しかないわ!」
「これは覗きというのは堂々としすぎだろう! 後例が妙に具体的!」
「……変態を否定しないということはやっぱり変態じゃない!」
「何で微妙に冷静なんだよ!」
混乱してるように見えて、言葉の揚げ足を取るとは。
「とにかく、覗きじゃない! でもすいません」
とは言っても謝る。この状況を赤の他人が見たら、10:0で俺が悪くなるだろう。
「覗きじゃないならなんなのよ! 変態! 覗き魔! えーと覗き魔!」
「割とボキャブラリィない!」
顔真っ赤で叫ぶ橘。さてこれは羞恥か怒りか、はたまた両方か。
いかん、橘が錯乱しすぎて、俺が妙に冷静になってくる。あの片方が混乱すると、もう1人が冷静になるやつか。ただ、ここで俺が冷静になっても何1つ問題が解決しないというのが問題だ。
とにかく、事故であることを説明して、最悪ここに誰か来たときに取り繕ってもらわないと、俺の彼女ほしい計画が決意して2日目に崩壊しかねん。それ以上に学生生活が崩壊しかねん。
「ちょっと話を聞いてくれ。俺が本当に覗きをするつもりなら、もっとこっそりドアを開けるとか、隙間から見るとかするだろ。こんなドア全開にしたら、まさにそれは愚の骨頂としか言いようの無い失態だろ?」
「…………確かにそう言われれば……」
よし、橘はもともと学年トップの秀才。理論的な話が通じるタイプだ。確かに考えればおかしいのは分かるようだな。
「じゃあこれは事故ということで何とか許してほしい。その大きな胸と同じ寛大な心で許してくれるかな?」
ピキッ!!
あ、しまった。ジョニ男としゃべってるときのノリで言っちまった。
これは完全な地雷だな。いや、手榴弾を真上に投げた状態だな。
「とりあえず教室から出てけー!!!!」
「はぃぃぃ!」
橘に叫ばれて俺は外に出る。良く考えると真っ先にするのはそれだった。俺は全然冷静じゃなかった。