第八幕 紅白薔薇に口づけを
ようやく最終章を迎えました。最後まで読んでくれれば幸いです。☆Manatsu Fujinami☆
第八章 紅白薔薇に口づけを
「僕は、君に恋い焦がれている。どうして僕を置いて遠くへ行ってしまうんだ。どうして・・・」
君は遠い異国の地で何をしているんだろう・・・。今の僕には知る由のないことだ。君に届くためには限りない努力をしなければならないんだろう。いつか、君の耳に入る男になるから。
「紅原! 紅原!」
泉の声で旭は我に返った。振り返ると泉とすずが心配そうにこちらを見ている。
「酔いがまわったのか?」
「へ?」
旭は抜けた声を出す。するとすずが旭に近づく。なんだろう、と身構えていると心配そうに告げる。
「何か悲しいことでもあったの? 泣いてるから・・・」
旭が恐る恐る手を目にあてるとそこには生温かい水が一粒濡らしていた。本当に泣いていたらしい。旭は照れ隠しのようにすぐに涙を拭いなんでもありません! と言った。しかし心配した泉に本当か? と問い詰められて逃げ場をなくしていたとき声がかかる。
「紅原くん」
「大木先生?!」
紅原の師匠である大木も数時間前に駆けつけたのだという。旭は急いで大木の前へ行くと頭を下げて言った。
「大木先生! ご指導ご鞭撻のおかげで、こうして賞を取ることができました。本当にありがとうございます!」
「大げさだ。ここは小説家の登竜門のようなものだ。私は君という種に水を与え肥料を与えただけだ。花を咲かせたのは君自身の努力の結果だ」
大木は旭の肩に手を乗せた。すると大木は大きな花束を旭に渡した。花は真っ赤な薔薇だった。旭は驚いていると大木は、
「君はやはり真っ赤な薔薇が似合う。別に皮肉の言葉を吐いているわけではない」
「ありがとうございます」
大木はそう言うとバルコニーから会場のある広間へ戻っていった。泉は旭に声をかけようとするがすずがそれを止める。すず? と聞き返すとすずは笑って頷いた。
それを察した泉は旭に軽く会釈をして広間へ戻っていった。
一人バルコニーに残された旭は薔薇の花束をジッと見つめた。旭はそれをグッと胸に閉じ込めた。棘の痛みなんかどうでもよかった。そのままうなだれてしゃがんだ。数秒後すすり泣く声がバルコニーに聞こえてきた。
「紅葉・・・。僕の・・・大事な・・・、白薔薇の姫・・・。君にもう一度逢えたらどれだけ、いいだろう・・・」
すると真っ赤な薔薇の中に一輪だけ真っ白な薔薇が紛れていた。旭はそっと白い薔薇に口を寄せる。白薔薇は冷たかったが一瞬で暖かくそして切ない気持ちが周辺を支配した。また旭は静かに泣いた。
その後、旭の本は新人賞の影響で瞬く間に売れて多くの人々の手に渡った。書店では売り切れが続出した。この一年で一番多く読まれた本として歴史に刻まれることになる。
それをきっかけに旭は多くの小説を執筆し、本をたくさん出版した。それはどれも反響を呼び重版の常連となった。彼は日本を代表する文豪として歴史に大きな傷跡を残すことになった。
それから長い長い月日と季節が過ぎた。東京の国立図書館はやはり不動の地位を確立している。しかしあの頃の大正ロマンあふれる東京ではなくなりつつあった。
旭が青春時代を過ごした国立図書館には旭のデビュー作の初版本が保管されるようになった。数ヶ月や年に一度所蔵室を出て展示されるときは必ず真っ赤な薔薇と真っ白な薔薇が一緒にケース内に展示される。
悲しい終わり方をしたこの物語に少しでも安らぎを与えたいという意味があるのだと人々はささやきあう。
いつまでも色褪せない小説の名は『紅白薔薇に口づけを』。
展示された真っ白な薔薇には涙で濡れた跡がくっきりと残っているという---。
最後まで読んでくださりありがとうございます。評価&感想等よろしくお願いします。
最後にこの物語は完全なフィクションです。本文中に登場する人物・小説・会社は実在とは異なる架空のもので、実在のものとは関係ありません。予めご了承ください。
☆ Manatsu Fujinami☆