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紅白薔薇に口づけを  作者: 藤波真夏
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第三幕 扉を開けて

第三幕です。

第三幕 扉を開けて

 それから数年後のこと。時代は明治から大正へと移った。また新しい文化が花開き、首都東京はさらに華やかさを増していく。

「おーい、紅原。朝だぞー、おーきーろー」

 男性の声が部屋中に響いた。旭がゆっくりと目を開ける。旭の目に映ったのは寝癖混じりの青年。旭より少し年上の印象を持つ。

「泉さん・・・。朝ですか?」

「そうだ。起きろ」

 旭は今実家を出て大学生の高野泉タカノイズミと共同生活をしている。旭は学校を卒業後文学好きが高じて小説家になる夢ができた。しかし文学的知識や文法には自信がない。両親との協議の結果、大学を目指すことになった。必死に勉強したおかげですれすれで特待生になり、無事に入学を果たした。しかし学費等は免除になりつつあるも万年金欠状態のため、アルバイトで少しでも稼ぎさらに大学の先輩であり旭の学校の卒業生である泉と共同生活を送ることになったのだ。

 兄貴肌の泉は旭を弟のように可愛がっている。泉も小説家志望であることもあり二人は意気投合。

「旭。今日アルバイトだろ? 講義の資料もらっとくか?」

「いいんですか?」

「ああ。俺が風邪引いたときもお前がやってくれたからな。お返しだよ」

「じゃあお願いします」

 世話好きな泉の御厚意に甘えることがしばしば。部屋から出て大学までの大通りを歩く泉は騒がしい街の中を頭の中に叩き込む。泉は元々東京の出身者ではない。旭の通っていた学校へは下宿しながらの登校だった。そのおかげなのか困っている人がいると放っておけない性格になってしまった。

「紅原は放っておけない何かがあって無性に人を惹きつける。きっと生まれ持っての才なのかもな」

 泉が講義を受けている間、旭は朝からアルバイトだ。働いているのは梅の勤める喫茶店。最初は男性の給仕係なんてありえないと考えていた旭。しかし実際にヨーロッパに行った店長は向こうでは男性も給仕係をやるのは当たり前だ、と言われてしまった。言われたからにはやるしかない、と始めた。

 疲れて帰ってくる頃にはすでに泉が夕食の準備をしてくれている。旭はそれを食べて講義の内容を聞く、これが二人の定例会である。

「紅原! 今日の講義にすげえ人きたんだ!」

「すげえ人?」

「大木夏目だよ!」

「大木夏目?!」

 大木夏目オオキナツメと聞いて驚かない人などいない。さらに泉や旭といった小説家を目指している学生ならその名前を聞いただけで興奮するものだ。大木夏目は著名な小説家で彼が新作を出版すれば本屋に人が殺到し、彼の本はものの数時間で売り切れになり入荷待ち状態。国立図書館では彼が下積み時代に書いた小説の原稿と初版本が厳重に保管され、簡単に見ることができない代物になっている。

 人間国宝と言わんばかりの有名人だ。彼はこれでも歳をとり、シルクハットが似合う男性になったがそれでまた小説に味が出て若い世代にも多く支持されている。

「その大木夏目がなんで大学に?」

「なんか教授の知り合いらしくて特別講義だってさ! 新聞社続出!」

「新聞社まで?!」

「なんかそろそろ新作を発表するって噂が流れてな。もしかしたらこの講義で言うかもしれないって魂胆だろ。でも話さなかった。きっとギリギリまで温めるんだろう」

「大木夏目らしいですね」

 旭は笑った。でも図書館ではよく彼の作品を読んでいる。いつも彼の文章の世界に引き込まれ酔いしれている。僕も受けてみたかったなあという思いを胸に旭は布団に潜り眠りについた。

 

 旭が眠りにつく数時間前に遡る。東京の中心部の煉瓦造りの建物。そこには「毎日新聞社」の看板。ここは新聞社で出払っていた新聞記者が会社に戻ってきた。

「今日はどうだった?」

「今日、帝都大学で文豪の大木さんの特別講義があったそうです。その後、大木先生からインタビュー取れました」

「よくやったぞ、白河」

 白河と呼ばれたのは白河紅葉と呼ばれたその人である。彼女は職業婦人を目指し新聞記者になった。毎日、カメラを持ち歩き街に繰り出しては新聞に乗せるスクープを探し回っている。

 毎日新聞の編集者で紅葉の上司にあたる谷崎二郎太タニザキジロウタは紅葉に言う。

「白河。今夜どうだい?」

「へ?」

「聞いたよ。君はあの薔薇で有名な女学校出身者。しかも君は白薔薇と呼ばれていたらしいじゃないか。どうだい? 俺と・・・」

 それを聞いた紅葉は腰に手を絡ませてきた谷崎を払う。谷崎は声をだしてよろめく。

「申し訳ありませんが、私は谷崎さんが思うような白薔薇ではありません。それに・・・」

 紅葉はカバンから書類を出して谷崎に突き出す。

「今日が締め切りなんです。しかも裏に女性の連絡先・・・、絶対狙ってる感丸出しですけど?」

「白河!」

「・・・社長には黙っときます」

 谷崎が懇願する。谷崎は多少女癖がある。多くの女性たちと酒池肉林になることが度々二日酔いで仕事を休むこともしばしば。ところが仕事ができる人間でさらに上司として有能でたくさんの部下から慕われているため憎めない。

 谷崎は紅葉に編集の仕事を頼み、紅葉はデスクに戻り仕事を始めた。自分が調べた記事と一対一になる時間だ。伸びをすると赤鉛筆片手に記事を吟味する。紅葉が白薔薇であったことは上司の谷崎をはじめ新聞社の誰しもが知っている事実になった。黙っていたが次第に広がっていった。

「白薔薇は美しいじゃないか! 俺は赤よりも白が魅力的に見える!」

 女性を喜ばせることがうまい谷崎はそう話すがそれを紅葉は真正面から受け止めてはいない。いつも横に流し自己嫌悪の繰り返しだ。

 そして白薔薇のこと以上に頭を抱えていることがある。

「白河! これ書類っ、うわあああっ?!」

 編集室の床一面に書類が投げ出され床が真っ白になった。紅葉がもうっ! と叫びながら拾い始める。すると先輩記者や編集者たちが口々に言う。

「おお、またやりやがったな?!」

「阿部! いい加減にしてくれ!」

「す、すいませんっ!」

 見るからにスーツが初々しい男性は阿部アベと呼ばれる。有名大学出身の高学歴なのだが研究業ではなくなぜか新聞社に就職した風変わりな人物と紅葉は認識していた。しかも彼は彼女とは同期で同僚にあたる、いわば仕事仲間である。

 彼はなかなかの騒動製造機トラブルメーカーで紅葉ですら頭を抱えるほどだ。書類をすべて拾い終え一息つく。すると阿部は紅葉に小箱を渡した。

「白河! これよかったらどうだ? お袋からもらったんだけど俺彼女いないからもらってくれないか?」

「あなたの女になれってこと?」

「違うよ!」

 紅葉が小箱を開けるとそこには美しいブレスレットが入っている。これには紅葉も心が揺らぎ綺麗と口に出したくなる代物だ。しかし、

「綺麗だろ? この白薔薇のブレスレット! 外国製らしくてさ・・・」

 紅葉は小箱をしめて阿部へ突き返した。

「やめて! 私は白薔薇が嫌いなの!」

「白河? でも君は学生時代白薔薇って呼ばれてたんだろ? 白薔薇も魅力的だと思うんだけど」

「男はそう言う! 白薔薇は無個性空っぽの象徴よ! あなたに何がわかるの?!」

 紅葉の取り乱しように阿部も出す言葉がなく突き返された小箱を持って自分のデスクに戻っていった。紅葉は頭を抱えた。無個性で内向的な自分を少しでも変えたくて新聞社に入社した。ところが「白薔薇」の荊がまとわりついて社会人になっても未だに苦しみ続けている。

 一生、白薔薇からは逃れられないの?

 紅葉は絶望にも似た感情に支配されていた。


 旭は日々出る課題をこなし提出していった。文法の授業ではなかなかの成績を残した。そんなある日、旭は泉と共に大学で昼食を取っていた。話は弾んで行くが話題は母校の話になっていった。

「そういえばあそこに薔薇咲いてただろ? 俺はあの薔薇結構好きなんだよね」

「そうですか」

 浮ついた返事が返ってきた。あの薔薇で旭の心にさざ波が起こる。あの薔薇は自分の今後を決めてつけられたあの日から気になって仕方がない。さらに薔薇という言葉自体に反応してしまうこともある。

「紅原。お前、紅薔薇・・・だろ?」

「・・・どうしてそれを?」

 旭が少し大きな声を出してしまったせいで大学内がざわつく。紅薔薇は誇りあるもの。もらった人物はとても輝いているに違いないという固定概念がある。しかし旭は明るくて社交的ではあるもパッとはしなかった。大御所という面持ちはなく普通の人という言葉が一番似合う顔をしている。

「彼が、紅薔薇?」

「本当?! 嘘じゃない?」

「嘘じゃないよ! 最後に選ばれた紅薔薇の人は偶然にも苗字に紅の字が入っているって言ってたんだから!」

 旭はその場から逃げようと立ち上がった。それを察した泉は旭をつれて大学内の講義室へと逃げる。息を切らして泉は言う。

「紅薔薇に選ばれた人間は数百年ぶりだと聞いている。なぜ、紅原が・・・」

「僕にもわかりません。でも分かっていることはこの名称は学校だけでは止まらず、今後社会に出た時もつきまとうものだということです」

 旭はここに来て紅薔薇の恐ろしさを知った。学生時代の薄れかけた記憶には白薔薇の紅葉だけが鮮明に残っていて自分がどのような扱いをされたことには全く興味がなかったらしい。

「彼女に言われたんです。白薔薇は無個性の象徴。逆に紅薔薇は美しく誇りの象徴。空っぽの白薔薇の気持ちが紅薔薇の君にはわからない! って」

 泉は少し考えて口を開く。

「その白薔薇の子、言葉の選択がうまいな・・・」

「・・・え?」

 旭は気の抜けた声を出した。

「泉さん。今そんなことに頭使っている場合じゃありません!」

 旭の言葉で我に返り悪い悪い、と笑ってその場を収める。しかし泉はこれでも真剣に考えている。どんよりとした重い空気が嫌いなだけなのだ。

「紅原。君は紅薔薇をどう思っているんだい?」

「紅薔薇を? 単純に綺麗だなーと。僕は女性じゃないからどこがどうとかはわからないですけど」

「じゃあ自分が白薔薇だったら?」

 泉の声が真剣な声色に変わる。もうその顔に笑顔などなかった。旭は自分が白薔薇だったときのことを想像してみる。しかしなかなか具体的なことがわからない。黙っていると、再び泉が口を開いた。

「それだけ彼女の心がわかっていないってことだ。相手は自分が空っぽという自覚があるからだ。君は嬉しいことに友人に恵まれている。でも話を聞くに彼女はあまり恵まれていないようだ」

 泉はカバンから小説を取り出す。旭は小説の表紙を見た。

 明日が来るなら   大木夏目

 大木夏目の書いた青春小説。それを見た旭は泉を見返す。泉は真剣な顔から笑顔になる。そしてからかって悪かったな、と謝る。なんのことか旭はわからずキョトンとする。

「俺、小説家志望だけど全然言葉が出てこないんだ。答えはそれを読んだら出てくるはずだ。俺はそう思う。さ、講義の時間だ」

 泉はそう言って講義室から出て行った。一人残された旭は小説をずっと見つめた。その時、大学内に講義の始まる鐘が鳴り響いた。

 旭は家に戻り、泉が手渡した小説を読む。

 内容は若い男が友人と青春を謳歌しながら一人の女と出会い様々な出来事を通し、自分が成長をするというもの。読み進めていくうちに旭は文章の虜になっていき時間を忘れ読み続けた。


 その気持ちは誰にもわからない。気持ちを汲み取れるようになった今だからわかる。きっと明日はくる。誰にだって明日は必ずやってくる。君にだってやってくる。


 未来を見失ったヒロインに投げかけた言葉だった。明日の重要性を感じる一節であり、相手のことを汲み取るのが苦手だった主人公が成長した最後の姿である。

 旭は無性に紅葉に会いたくなっていた。しかしもう顔をあわせることは二度とない、と旭は心の底で思った。

 それは旭だけではない。街灯輝く東京の街でも心にさざ波を起こしている人物がいた。白河紅葉だった。紅葉の手には肉屋のコロッケが。暖かい蒸気が上がり口の中に頬張る。空を見上げれば星空が輝いている。

「明日は晴れるかしら?」

 紅葉は一人アパートへ引き上げて行った。

 紅葉は就職後実家を出て一人暮らしを始めていた。毎日新聞社の近くにあるアパートが彼女の帰る場所だ。紅葉はカバンの中から手帳を取り出し明日の仕事を確認する。

「明日は、神楽坂へ取材。あー、あそこは芸者さんたちが多いからきっと芸事の特集か・・・。さすが、谷崎さん。接待で使っているだけよくわかってらっしゃる・・・」

 神楽坂は東京の遊び街とも言わんばかりの場所である。そこは東京の花街とも言われ芸者たちがその腕を競う場所でもある。


 翌日。紅葉は路面電車の停留所で待ち合わせをしていた。そこにいたのは阿部。

「待ってたよ、白河」

「ヘマしないでね。今日は谷崎さんもくるんだから」

「はいはい」

 紅葉と阿部は神楽坂まで路面電車へ急いだ。街の風景はだんだんと変化していき、少し懐かしい雰囲気へと変わっていく。神楽坂は昼こそ普通の顔をしているが夜になると灯りが灯されて別の表情を見せる。夜じゃなかったことがどれだけ不運だったか、と紅葉は思った。

「おーお疲れ」

 神楽坂で谷崎と合流し今日の取材場所へ向かう。そこに入ると昼間にもかかわらず芸者たちが三味線を引いている。その音色に紅葉たちは心から癒された。

「本日はよくいらしてくれました」

 女将が食事を用意してくれた。その食事を堪能しながら取材を始める。特集記事で神楽坂のおすすめを載せる予定である。すると美しい着物を着た芸者が紅葉に話しかける。

「女なのに記者してるなんてかっこいいなあ」

「え? あ、それはどうも・・・」

 紅葉の胸はポッと火がついたように暖かくなった。紅葉が久しぶりに笑顔を見せる。その顔を見た阿部も胸に火がつく。

「私、ここで芸者をしてるすず、といいます」

「毎日新聞社で記者をしてる、白河紅葉といいます」

 二人は取材の話そっちのけで様々な話を展開。挙げ句の果てにはすずが三味線の弾き方を紅葉に教授するまでに発展した。そんな二人を置いて谷崎は阿部を連れて部屋から一時撤退した。阿部は紅葉が気になっているのか部屋を気にしている。

「しばらくあのままにしておこう」

「谷崎編集長。もしかして仕事は名目で本来はこれが目的ですか?」

「さすが、高学歴。頭はいいんだが失敗減少に努めてほしいものだ」

 阿部は肩をすくめた。ですよね〜、と声を漏らした。しかし谷崎も本来の目的を達せた充実感に浸っていた。谷崎は紅葉本来の素顔を取り戻したのだ。長い時間女性との接待を行い、全てを知り尽くした谷崎だからこそ仕掛けられるものだった。

「阿部。お前にはわからないか?」

「何にですか?」

「白河はまだ過去の荊に囚われて抜け出せていない。俺にはわかる」

「荊?」

 谷崎は阿部の頭にゲンコツをお見舞いし、阿部に言い放つ。人は過去の荊に捕らえられたら抜け出すのは相当な困難だ、と。部屋をそっと見てみると今まで見たことのない紅葉の笑顔が輝いていた。

「紅葉さんはなんで新聞記者になりたいって思ったんですか?」

「え? あ、それは・・・。そうですね、職業婦人を目指したくて・・・ですかね」

 すずはかっこええ、と賞賛する。しかし紅葉は少し浮かない顔だ。元はと言えば内向的な自分が嫌いでそれを変えたくて新聞記者という想像とは真反対の世界へ飛び込んだのだ。そして自分を縛る白薔薇の呪縛から少しでも離れたかった。

 しかし、

「結局白薔薇から逃れることなんてできないんだ・・・」

「白薔薇?」

 すずがこちらを向いてくる。紅葉は白薔薇を知っているか、と聞くと綺麗なお花だ、と返事が返ってくる。どうやらすずは白薔薇を「綺麗なお花」という意味で捉えているようだ。紅葉が嫌がる意味のほうとは違う。

「でも私は赤より白やなあ。真っ赤な色はうちには似合わない故、白は純粋無垢で美しゅうて。花嫁さんの御衣装だって白無垢で真っ白やかし」

 紅葉の心に一本の風が通り過ぎた。純粋無垢という言葉が紅葉の心にかすかに穴を開けた。紅葉は口をキュッと閉じて下を向く。どうしたんですか? と聞き返す。紅葉は涙を浮かべていた。

「純粋だなんて・・・白薔薇はそんなものじゃないですよ・・・。私を縛り付ける荊にすぎません」

 紅葉はそう言うと部屋の外を見た。すずは意味深すぎる紅葉の言葉に興味を示さずはいられなかった。すずは紅葉にこう言った。

「そのお話、うちにもお話くださいませ。決して紅葉さんを困らせるような言動はいたしません」

 すずは頭を下げた。紅葉は優しく話を聞いてくれたすずについに折れた。わかりました、と誰にも話したことのない自分の過去をすずに話した。すずはただ静かに聞いていた。そして紅葉の知らない場所でも聞き耳を立てている人間がいる。

 すずと紅葉がいる部屋の隣では谷崎と阿部が待機している。隣の部屋なので息を殺して静かにしていれば声は筒抜け状態である。二人は紅葉の話を静かに聞いていた。

「白河にまとわりついている荊の正体、ようやくわかった気がします。だからあんなに白薔薇に敏感だったんですね」

「お前たちは同期同士。一緒に仕事していくんだからそのことを理解してやってくれよ」

 谷崎は芸者の膝を枕にして寝てしまった。阿部は谷崎さんは谷崎さんだーっ、と一人つぶやいた。

 紅葉が全てを話し終えた後、すずは紅葉にお菓子を差し出す。

「お辛い時間をお過ごしになられたのですね。白薔薇には何の罪もないのに己の欲に負けた人間たちがつけたもの。うちはそう思います」

 すずの言葉に紅葉は言葉を失う。目の前にいるすずという芸者は今まで自分を蔑んできた下世話な人たちじゃない。紅葉はそう感じた。お菓子を手にとり口の中に頬張る。口の中に甘さが口いっぱいに広がる。

「また来てください。うちはいつでも歓迎します」

 紅葉は夕方ごろに神楽坂を後にした。谷崎は顔を赤くしてフラッと歩く。また酒を飲んだのか、と呆れる阿部と紅葉。これで取材と言えるのかと怒られるところだが谷崎の口添えによりお叱りを受けることはなかった。それよりも紅葉の明るい顔を見れたことが一番の収穫だった。


 彼女は思った。

 白薔薇は美しいものなのに劣等に無理やり位置付けられた悲しき花であることを。でも自分は未だにその荊から解放されることはないと決めつけていた。そして何かから逃げて何かに助けを求めている。

 彼女はそれが何なのかまだ分からなかった。


近いうちにまた更新します。藤波真夏

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