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紅白薔薇に口づけを  作者: 藤波真夏
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第二幕 紅薔薇と白薔薇

第二幕です。

第二幕 紅薔薇と白薔薇

 時はさかのぼり、まだ大正に入るまえのこと。時代は明治後半。明治時代が終わるか終わらないかの場所をさまよっていたときのことだ。

 着物を着て袴をはき、帽子をかぶった青年紅原旭は文学好きの青年だった。数学は苦手。しかし国語や英語は成績優秀で文学少年だった。彼は本を読みながら家へ帰る。これは旭の日常の光景である。旭の実家はそこまで裕福ではないが一般家庭で部屋には大量の本が山積みにされている。

 旭は毎日本の世界に没頭しなかなか現実の世界に戻ろうとしない。美しい文字の世界に酔いしれてしまったのである。それを見た旭の父は彼にあることを提案する。

「そんなに本が好きなら国立図書館へ行ったらどうだ?」

 というものだった。

 旭の父が言う国立図書館は国が建てた日本最大の図書館で旭の住む東京の中では一番の大きさと所蔵率を誇る。そこには小説や学術書、評論書に古新聞や過去の要人の手紙など考古学的にも注目され多くの古い本や貴重な資料を展示保存している。

 旭は休みの日、行ってみることにした。カバンの中に筆記用具などをいれ本を読み、頭に叩き込む準備は万全だ。旭は数十分歩き続けようやく国立図書館へ到着した。その大きさと迫力に旭は息を飲んだ。旭はここまで大きな建物を見たことがなかったからである。真ん中にはどこかの外国映画に出てきそうなオシャレな噴水に立派な門、レンガ造りの建物大理石でできた壁。どこか異国の地へ入ってしまったかのように旭は錯覚する。

 旭はなぜか小さな覚悟を決めて国立図書館の中へ入っていった。

 中に入るとさらに旭は言葉も出ないほど圧倒されてしまった。受付を通りすぎるとそこには大量の本たちがずらりと並べられていた。一階、二階、三階構造の図書館の本棚はびっしりと隙間なく本で埋め尽くされた状態だった。

「これは読み応えがありそうだ!」

 旭は早速題名から気になった本をかたっぱしから取り出していきベンチに座りその隣にドンとおいた。そして気合をいれて読み進めていく。読んでいるのは大日本帝国を代表する小説家の本だ。静かに読み進めていき時間を忘れていく。

 読み終わり本を棚に戻そうと立ち上がり、積んだ本を持って歩き出したそのとき、

「うわっ?!」

 旭は何かにぶつかり本が空中に浮いた。倒れる一瞬の隙で目を開けるとそこには女学生らしき格好をした女性だった。旭は手を伸ばすも女性の手をすり抜けてしまい、二人は倒れこみその上からバサバサと本が落ちてきた。

「ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか?!」

 旭が声をかけると女性は大丈夫です、と返した。彼女は自分が落とした本を拾うと頭を下げて急いで旭の前から去っていった。

「待って!」

 旭の声も聞こえず彼女は去っていった。旭は落ちた本を拾っていく。すると見かけないものが落ちていた。それは本に挟む栞だった。その栞は紙に色のついた透明な紙が様々な形にカットされて作成されたものだった。

「綺麗・・・! ステンドグラスみたいだ!」

 旭は図書館の窓から漏れる太陽の光にかざす。するとその栞は輝きだして美しい模様を映し出す。鳥と薔薇が描かれている。旭はとりあえずその栞を預かることにした。旭は結局本を借りず家路についた。

 自分の部屋で布団に仰向けになって栞を見続ける。この栞の持ち主の女学生は誰だったんだろう、とそればかり考えていた。もしかしたら国立図書館に行けばまた会えるかもしれない、そんなことを考えた。



 翌日。

 旭は学校へ向かう。理系の授業を終わらせため息をつき昼食の時間になる。旭はおとなしい性格だが持ち前の明るさと親しみやすさから友達は比較的多いほうだ。だからよく昼食も大勢の友達と食べている。

 旭はいつも笑いながら昼食を食べるが今はあの栞の持ち主のことで頭がいっぱいになっていた。その様子が気になった友達は旭に声をかける。

「旭? お前らしくない。どうしたんだ?」

「え?」

「また文学のこと考えてんのか? お前は四六時中本のことばっかり考えるんだな」

「ち、違うよ! 実は・・・」

 旭はついに折れて友達に全て話した。その栞も見せた。その美しさには旭だけではなく友達らも感嘆の声を上げた。旭は特に何も期待していなかったがそことなく友達に何か知っているか? ときいてみる。すると意外な返答が返ってきた。

「俺、この栞知ってるよ」

「え?! ほんと?!」

「ああ。紅原はこれを落とした奴が女学生だったって言ってただろ? これはその学校でしか配布されないものだって聞いたぞ。もしかしてその女学生はそこじゃないか?」

 旭はなるほど! と声を上げた。旭につっかえていた何かが取れて笑顔になった。旭はその後その友達から学校を聞き出して放課後に向かうことにした。

 放課後。

 旭は手書きの地図を頼りにその学校へ向かった。到着したのは男子禁制の女学校。さすがに旭は女装してまで入る勇気はない。それはモラルに反すると旭のポリシーが歯止めをかける。とりあえず学校の前で待つことにした。

 女学生たちが次々と下校していく。しかしあの栞の彼女は出てこない。そろそろ旭の足も限界に近づいていく。するとけたたましい女性たちの声が響く。旭は驚いて門の中を覗くと女子学生たちに囲まれている一人の女子学生を見つける。

 あの子だ!

 しかしなかなか入りにくい状況だ。旭は入るタイミングを伺うも隙がない。

「あなた、学校の大事な栞無くしたんですって?!」

「うわー恥ずかしくないの?」

「あなたには誇りはなくって? ほんとあなたは最低な女!」

 聞こえてくるのは聞くものの心をえぐり出す刃のついた言葉。旭も心が締め付けられた。旭の探す女学生は肩を押されて地面に倒れこむ。旭はハッとなって女学生の近くへ向かう。

「だ、大丈夫ですか?! なんてことしてるんですか?!」

「あなたには関係ないでしょう?! この子、当然の罰を受けているんだから」

「だからってこんな弱いものいじめみたいなことしていいんですか?!」

「この子、見ていてムカつくの。友達もいないし根暗で個性がないからっぽな女よ! そんな女はこの学校には必要ないわ!」

 旭の限度は越えようとしていた。今にも殴りかかりそうになった時、旭の腕を何かが抑える。倒れた女学生だ。女学生は立ち上がるとこめかみから血を流し自分をいじめる女学生たちを睨み返す。

 その視線は恨み以上のものがこもったものに感じた。女学生たちは帰りましょ、と恐れをなしたのか帰っていく。すると遠くから声が聞こえてくる。

「あなたはこの学校の白薔薇よ! 明日から覚悟しておくことね!」

 女学生に白薔薇という通り名がついた。

 女の修羅場を見た旭は何も言えなかった。旭は手を差し出そうとするも女学生は手をとってはくれなかった。怪我を見た旭は放っておけないと声をかける。

「傷の手当だけでもしなきゃ!」

「・・・別にいい」

「そんなこと言わないでよ! ほらっ!」

 嫌がる女学生を引っ張り旭がやってきたのは小さな喫茶店。中に入ると男女の給仕係が働いている。旭は一人の女性給仕係に声をかけた。

「姉さん!」

 姉さんと呼ばれた女性が振り返る。怪我をしている女学生を見つけると驚いて休憩室へ運び込んだ。

 旭の従兄弟紅原梅アカハラウメはこの喫茶店で働いている。子供の頃から旭が頼りにしている存在で職業婦人として毎日忙しい日々を過ごしていた。梅は脱脂綿で血を拭き取り包帯で頭を巻いた。旭と女学生は喫茶店の席に座り紅茶を飲んだ。

「ねえ。君、国立図書館にいたよね?」

「・・・」

 女学生は話す様子がない。黙ったままだ。旭はまず自分のことから話そうと自己紹介を切り出す。

「僕、紅原旭。君の女学校と姉妹校の学校で勉強してるんだ」

 会話が続くように必死につなげようとするも女学生がなかなか反応してくれない。旭は意を決し聞いた。

「君の名は?」

 女学生が見るとそこには優しく微笑む旭の顔があった。女学生は口をようやく開いた。

「白河紅葉・・・」

 白河紅葉シラカワモミジと名乗った女学生。紅葉は一口紅茶を飲んだ。旭は早速本題に入る。

「白河さんは・・・その、栞をなくしたって聞いたけど、もしかしてこれのこと?」

 旭はカバンから栞を取り出す。それを見た紅葉は目を見開く。紅葉がおもむろに手を伸ばして栞を手に取る。

「明日から気をつけたほうが・・・いいと思う」

「え?」

「じゃ」

「え? 待って! どういうこと?!」

 旭の言葉に耳を貸すことなく、紅葉は財布から紅茶代をテーブルの上に置いて喫茶店を出て行ってしまった。喫茶店内に虚しいベルの音が鳴り響いた。栞を返す目的は達成できたものの、また新しい何かが生まれてしまった。旭はまた深いため息をついた。

 家に戻っても結局同じことを考えている。頭に引っかかる言葉は「白薔薇」。薔薇の花ほど美しいものはない。だが明日から覚悟しておけ、明日から気をつけたほうがいいと思う、といった意味深な言葉。

 紅葉は旭に何か忠告をしているのだろうか。旭にはその言葉の意味がよくわからなかった。

 翌日。

 旭が学校へ登校すると自分のクラスの様子が騒がしい。何事だろう、と近づくと全員が旭を見て近づく。

「お前、何しちゃってくれたんだよ!」

「は?!」

 旭には心当たりがない。旭の友人はある一枚の紙を見せる。それは紅葉の通う女学校で発行・配布されている学校通信である。

 高等科二紅薔薇誕生ス 女学校ニテ白薔薇数年ブリ二!

 見出しにはこう書かれていた。頭の中に詰まっていた白薔薇という言葉に新たに絵に薔薇という言葉が生まれた。これが自分に何の関係性があるのか旭はまだ知らない。理解ができない。しかし紅葉の言った気をつけろの忠告はもしかしたらこのことだったかもしれない、と心のどこかで思ったのだった。

 紅薔薇の意味がよくわからなかった旭は友人に聞いた。すると友人は驚いていた。あの紅薔薇のことを知らないとは! と半ば驚愕だ。友人は旭に紅薔薇について説明する。


 以前、この学校に綺麗な真っ赤な薔薇があったらしい。薔薇は美しさの象徴ということで優秀な生徒に敬意を表して「紅薔薇」という愛称がついたんだ。その後同じくらい優秀な生徒もいてそこでちょうど学校の薔薇のなかに真っ白な薔薇が生えてきて、同じ敬意を払って「白薔薇」と呼ばれ学校では尊敬を集めたらしい。

 だけど時代の流れって怖いもので女学校では「白薔薇」の言葉の意味を履き違えた習慣が生まれた。女性たちの間では「赤い薔薇は美しさの象徴。白い薔薇などあり得ない」だなんだという解釈をつけてしまって、女学校では「白薔薇」というのは屈辱といじめにまみれた差別名称になってしまった。「白薔薇」になった彼女たちは不幸な学生生活を送るっていう言い伝えがあるくらいだ。


 旭はわかった気がした。「白薔薇」は差別用語。紅葉は屈辱にも似たレッテルを貼られてしまった。旭はあの栞に描かれた真っ赤な薔薇の絵は女性たちの憧れでもあるのだと思った。それが白になるといじめの餌食になるのだと暗示しているようでならない。

「え、じゃあ紅薔薇も差別用語?」

「いやむしろ紅薔薇は俺たちにとっては羨ましいくらいだ」

「羨ましい?」

「紅薔薇は姉妹校と行き来できる特典つきだ。紅薔薇は成績優秀者が選ばれることが多いけど今回は異例だ」

 へえ、と旭は言う。何呑気なことを言っているんだ、と注意されてしまう。旭が聞き返すと友人は旭を指差して言う。

「紅薔薇に選ばれたのは、お前なんだよ! 紅原」

「・・・え?」

 旭の何かが止まった瞬間だった。そう、紅薔薇に選ばれたのは旭本人だったのである。旭は実感がわかなくて紅葉の通う女学校へ向かった。半信半疑で門の下をくぐる。声をかけられて名前を聞かれ「紅原旭」の名を出すだけで何もかもが通る。

「一体どうなってるんだ? めちゃくちゃだよ・・・」

 戸惑いながら校舎のなかへ入るとけたたましい怒号が聞こえてくる。旭は柱の陰に隠れて様子を伺う。すると数人の女学生が集まっているのが見える。そこから聞こえてきたのは「白薔薇」という言葉だった。

「何もない空っぽの女!」

 心にもない罵倒の言葉だ。さらにバケツから水がひっくり返ったような音。紅葉の頭上から大量の水が。水が鼻から入り紅葉は咳き込む。苦しそうだ。それを見て嘲笑う女学生たち。

「何やってるんだ!」

 旭が叫ぶと女学生たちはこちらを向く。旭は紅葉を支えその場から離れようとする。すると後ろから誰? という声が飛び交う。まるで姫を城から盗み出した一般市民だ。ヨーロッパ悲劇にでもありそうな状況だ。

「高等科の紅原旭・・・。紅薔薇の旭・・・」

 旭の言葉に一同が固まった。旭が放った「紅薔薇」という言葉に驚きの顔を隠せない。旭は好機と不恰好ながら紅葉を連れてその場を離れた。紅葉とともに移動している最中に旭は頭の中を整理し始める。

 話がぐちゃぐちゃになっている、つまり整理するとこういうことだ・・・。

 かつて「紅薔薇」「白薔薇」は尊敬の対象だった。だけど時代の流れで「白薔薇」は忌み嫌われるものになり差別用語として根強く残ってしまった。紅は女性にとって美しさを彷彿させ、逆に白は何もない空っぽな状態を彷彿させてしまう。この女学校では「白薔薇」と呼ばれたら最後、ひどいいじめに遭う。

 しかし紅薔薇に選ばれた男子は女学校との行き来が自由になるという不思議な特典付き。僕の友達は羨ましいの一言を連呼するが僕にとってみれば羨ましいの意味がてんで理解できなかった。

 どうして僕が「紅薔薇」を得ることになったのか。それは誰にもわからない。

「大丈夫?」

 旭は紅葉に話しかける。しかし紅葉は黙ったまま。旭は沈黙を破ろうと話をどんどん振り続ける。

「白河さんの言ってた明日から気をつけろ、の意味よくわかった気がする」

「ということは・・・」

「僕。紅薔薇だって・・・」

 何気ない会話。しかしそれを聞いた紅葉は動揺し支えていた旭の手を振りほどいた。旭は驚いて紅葉を見る。その瞬間紅葉の表情は黒く歪み始める。

「あなたが、紅薔薇? もういい! 帰って」

「ちょっと待ってよ!」

 旭が止めると紅葉は静かに話し始めた。

「白薔薇は真っ白で空っぽ、無個性の象徴。それに対して紅薔薇は華やかさと美しさの象徴。誇り高き紅薔薇。白薔薇は紅薔薇と常に比較され蔑まれてきた。あなたにわかるの? 空っぽの白薔薇の心が!」

 旭は何も返す言葉がなかった。新たな事実を知った。

 空っぽな白薔薇、満ち足りた存在である紅薔薇。あまりにも対照的すぎて白はくすんで見える。

「比較なんて・・・そんなこと僕は考えてないし、するつもりはないよ!」

「あなたはそうかもしれない! でも世間は、あなた以外の人はそうは思わない。白薔薇は劣等生の証であり空っぽの象徴。いずれ、あなたにもわかるわ」

 紅葉はそう言い捨てると旭を置いて一人で走り去ってしまった。旭はその場で立ち尽くし何一つ行動がなかった。旭はその足で国立図書館へやってくる。時間は閉館時間ギリギリの時間。旭は大きな窓から見える外の景色をただ眺め続けていた。いつもは美しいと思う夕焼けがここまでくすんで見えるは生まれて初めてだった。

 旭はその日を境に紅葉と顔をあわせることができなくなった。紅薔薇の特権女学校にいっても紅葉には会えなかった。

 旭の通う学校にも真っ赤な薔薇が花を開き始めた。旭はそれをじっと見つめる日々を過ごしていた。そして自然と真っ赤な薔薇の中で真っ白な薔薇を探してしまう。まるで運命の人を探すように。

 旭の中で何かが生まれ何かがなくなった。それに旭自身は気づかずに時間はどんどん過ぎていくのであった。

 旭は梅の働く喫茶店に顔を出していた。あったかい紅茶を啜りながらやはり窓の外を見つめる日々を送り続けていた。まるで抜け殻のようになった旭を梅は心配そうに見つめていた。

「旭」

「何?」

「なんか旭らしくないね。外ばっかり見ていつも考え事して・・・。何かあったの?」

 旭はそことなく話した。自分が紅薔薇に選ばれたこと、以前喫茶店で手当てしたあの女の子が白薔薇になったこと、彼女に拒絶されてしまったこと、そのおかげで何かが自分の中で弾けてしまったこと。

「そりゃあ自分が比較対象かなんかにされたらそばになんかいたくもないわね〜」

「そうなの?」

「そうよ。旭は鈍感ね」

 旭はむっとなってティーカップの紅茶を飲み干す。話題は旭の耳が痛くなる話だ。

「ねえ旭。学校卒業したらどうするの?」

「姉さんまでそれ聞く?! もういい加減にしてくれないかな」

「ってことはまだ決まってないの?! おじさんもおばさんも心配するんじゃない? 早く決めて安心させてあげないと。でも大学行くの?」

「大学?! 無理だよ。うちにはそんな金ないし、父さんたちに無理させられないよ」

 旭は慌てて訂正する。大学に入るには莫大な授業料がかかる。授業料を少しでも免除するためにはたくさん勉強をして特待生で入学するしか方法はない。旭は数学が苦手だ。文系一辺倒では大学へは入れない。

 旭は再び悩み出してしまった。これでは笑って春を迎えることができない。結局結論は出ず喫茶店に居座り続けた。


 旭が苦悩しているまさにその時、紅葉は国立図書館にいた。本を読み、栞を取り出す。美しいステンドグラスのような装飾。そこには真っ赤な薔薇。それを見るだけで紅葉は嫌気がさす。頭に血がのぼって栞を捨てようとするも心の中で何かが引っかかって手から離れない。

「あの人の顔が離れない。どういうこと?」

 紅葉の頭の中には心配そうに見つめてくる旭の顔だけが鮮明に残り、紅葉の感情を制御しているようでならない。結局栞を処分できずに紅葉は国立図書館をあとにした。

「白薔薇であることを隠して生きて行くなんて難しすぎる・・・。知らない土地で生きていけたらどんなに幸せだろう・・・。この国にいる限り、言われ続ける」

 紅葉は一人空を見上げる。もう時間は夜。街灯の明かりがちらつき始め、街が明るく色づき始める。紅葉は歩いて家路に着いた。

 その頃、双方の学校では中庭に薔薇が咲き誇っていた。その薔薇は誰が見ても美しかったが、彼らが薔薇によってもがき苦しんでいることなど知る由もなかった。

 二人の未来は薔薇のイバラによってがんじがらめにされ不安に満ち溢れる。赤と白は相容れないもので旭と紅葉は一切連絡を取らず離れ離れの生活になった。二人がどういう道を進んでいったのかをお互い知らない。

 しかし恐ろしいことに紅薔薇白薔薇の通り名は一生つきまとうものであり、それが今後の人生を誘導するものだとはこの時の二人はまだ知らなかった。


 彼はこの時、思った。

 美しい薔薇には棘があり、それに魅せられた者はその荊から逃れることはできないと。まだ若いと甘んじ苦しみから逃れ続けていた。荊はいつまでも自分の心にまとわりつき、離さない・・・。未来が灰色に見えてしまったのだと・・・。












最後まで読んでくださりありがとうございます。 藤波真夏

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