お父さんの気遣い
駿河の様子がおかしい。
初めて会った時はまったく内心が読めなかったが、最近はだいぶわかるようになった。
また、あのバカ息子に何か言われたのだろうか?
そう考えて聡介はふと、和泉の姿を探す。どこへ行ったのか姿が見えない。
この頃、どこで何をしているのか、忍者のように隠密行動をしている。
まぁ、こちらに迷惑をかけるような真似は決してしていない、と信頼しているが。
それにしても……駿河にとって今回の帳場はやりにくくて仕方ないだろう。ここは彼が元いた所轄である。
かつての同僚達はきっと、彼と美咲の間にあった出来事を一部知っているに違いない。
腫れものに触るような表情で彼を見る者もいれば、遠巻きに、できる限り近づかないようにしている刑事もいる。
なぜ被害者はよりによってしょっちゅう宮島へ出入りしていたのか。
答えは簡単だ。
そこは県内有数の観光スポットであり、国内外から大勢の観光客が集まってくる。
旅先で気が大きくなっている女性達と一夜限りの関係を楽しんだり、騙して金を吸いとるのに絶好のカモを探し出す、それが目的だったからだ。
宮島の観光業発展のために、なんていうのはただの口実だろう。
被害者とはいえ罪深い男だ。
聡介は深く溜め息をついた。
そこへ班長、と声をかけてきた者がいた。友永だ。
「ああ、どうした……?」
「コンビを変えてもらうことって、できないんですか?」
「なぜだ?」
別にできない訳ではない。が、理由は気になる。
組んだ相手が気に入らないから、などというワガママな理由を認める訳にはいかない。
和泉はたまにそういうことを言うが。
しかしまさか、友永までそんなことを言い出すとは思えない。
「……知ってて、あの影山って刑事と葵の奴を組ませたんだったら……そらあんた、あんまりにも非道ってもんですよ」
「どういうことだ?」
「いやね。俺と組んだ、ここの刑事が教えてくれたんですよ。あの二人、すっげぇ仲が悪いんだそうです。と言っても、初めは影山って方が、一方的に葵のことを敵視してるだけだったそうなんですがね……」
「なんでそれをもっと、早く言わないんだ?!」
聡介は思わず立ち上がった。
「俺だって今日、初めて知ったんだから仕方ないでしょうが」
友永はやれやれ、と肩を竦めてボサボサの頭をかきまわす。
ああ、そうか……。
「わかった。なら……葵はやはり、お前と組ませるのが一番だろうな」
「だと思いますよ。あのお坊っちゃまは、意外と神経が細くていらっしゃる」
「頼んだぞ、友永」
聡介が彼の肩をぽん、と叩くと、なぜかひどく驚いた顔をされた。
「……なんだ?」
別に、と彼は自分の座っていた場所に戻っていく。
そのまま聡介は駿河を自分の元に呼んだ。
彼はゆっくりと立ち上がり、こちらへ歩いてくる。表情はいつもと変わりないが、どこかひどく疲れた様子がうかがえる。
「調子はどうだ?」
「問題ありません」
「すまなかったな、気付いてやれなくて。明日からは友永と組んで行動するといい」
「……」
「……不満か?」
返事がなかったので、少し不安になってしまった。
すると彼は即座に首を横に振る。
「いえ、あの……」
「俺に遠慮はするな。彰彦を見てみろ、あいつほどやりたい放題の刑事なんて、他のどこにいる?」
今はなぜか姿の見えない、バカ息子のことを考えたら自然に溜め息が漏れた。
駿河は首をめぐらしている。和泉がどこにいるのか、探しているようだ。
「それよりも、お前の感触はどうだ? 詐欺被害にあった女性たちから話を聞いてきただろう」
若い刑事は少し考えた後、
「今のところは、まだ何とも……ただ……」
「ただ、なんだ?」
彼は頭の中で考えをまとめているようだが、どうしたことか、途中で顔色がもっと悪くなってしまった。
「葵? どうした」
すみません、と手で口元を抑える。
それから彼は慌てて会議室の外に走って行ってしまう。
いったいどうしたというのだ。
聡介は急にものすごく、不安になってきてしまった。




