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事情聴取はつらいよ

「それで……恐縮ですが、アレックスさんにはどれぐらい……どういう理由でお金を渡したのですか?」

 亜沙子はそれほど間を置かずに答えてくれた。

「故郷のお母様が病気で、治療費がかかると……全部で500万ぐらいでしょうか」

 ありがちだが疑う理由はないだろう。

「おかしいと思いませんでしたか?」

「少しも。ただ、今思えば、恋は盲目ってことなんでしょうね」

 そう言ってバイオリニストは微かに、自嘲のような笑みを見せた。


「最後に、これは関係者皆さんにお訊ねしているのですが。29日の夜……午後9時から12時の間、どちらにおられましたか?」

 亜沙子はハンドバッグからスケジュール手帳を取り出すと、流暢に答えた。

「その日は、神戸でのコンサートが終わって、楽団の皆と打ち上げでした。三宮駅前の居酒屋さんです。お店の名前は……幹事に聞けばわかります。朝までお店にいました」

 アリバイあり、か。裏をとらなければなるまい。


 その時、携帯電話の着信音が響いた。

 反応したのは亜沙子である。

「あ、新里さん? 今ね、刑事さん達とお茶してるところ……大丈夫だから。そんなに心配しないで」

 シンザトさん。


 駿河は胸の内にその名前をしっかりと刻んだ。どうやら、彼女とはかなり親密な間柄のようだ。

 同じことを感じたらしい影山が、初めて口を挟んだ。

「……新里さん、という方とはどういうご関係ですか?」

「パートナーです」

 パートナー、とは色々な意味合いが含まれる。

「それは……お仕事の上で、ですか?」

 亜沙子は曖昧に微笑む。

「……私はバイオリニストで、彼はピアニスト。楽団のコンサート以外にも、二人で組んで全国の温泉旅館を巡ってミニライブをしたり、彼が作曲した音楽を二人で演奏してCD販売していたりします」

 美貌のバイオリニストは淀みなく、そう答えた。


 つまり『ビジネス上のパートナー』であり、それ以上でも以外でもない、という意味だろうか。

 ただ……。


 彼女はそう考えているとしても、男性の方はそうではないかもしれない。

 盲目の恋に陥っている大切なパートナーを守るため、いっそ相手を亡きものにしてやろうと考えたとか?


 あくまで第一印象だが、彼女のパートナーである男性は、そんな暴力的な人間にはとても思えなかった。


 まさか。

 騙されたと知った彼女が、腹いせ……復讐の為に、パートナーの男性の心を上手く操って……?

 

 想像はあれこれと巡るが、あくまで想像でしかない。

 こんな時、班長ならどういう判断を下すだろう?


「あの、そろそろ私も練習に戻らないと。よろしいでしょうか?」

「ご協力、ありがとうございました」

 駿河よりも先にそう言ったのは影山の方だった。

 やはり、コーヒーに何か入っていたに違いない。


 喫茶店を出て、思わず駿河は影山に訊ねた。

「……先ほどの橋本美帆さんの時とは、まるで態度が違うのはどういう事情ですか?」

 まさか彼女が美人だから、なんていうくだらない理由ではないだろうな。

 返事はなかった。

 

 しばらく市民ホールの方を見守っていると、先ほどの中年男性……おそらく新里さんと呼ばれた……が外に出てきた。

 2人は幾らか会話を交わした後、中に入っていく。

「どう思われますか?」

「……何が」

 駿河が話しかけると、苛立たしげに影山が返事をする。

「今、外へ出てきた男性がおそらく『新里さん』でしょう。彼女はあくまで仕事上のパートナーのような言い方をしていましたが、かなり親密な間柄に見えませんか?」

「……男の方は、完全に惚れてるみたいだな」

 確かにそのようだ。

 まさか、この男と意見が合うとは思ってもみなかった。

「まぁ、あれだけの美人ですから」

 つい駿河は余計なことを口にしてしまった。


 まさか、自分がこんなことを言うとは思ってもみなかった。

 和泉あたりなら言いそうだが。影響されているのだろうか?

「あの男がホンボシじゃねぇのか」影山は言う。

「なぜです?」

「思い詰めたら危険なタイプ、っているだろ。彼女を騙したあの男に、自分が手をくだしてやる……ってな」

「それを言うなら、三村亜沙子の方が新里という男性を上手く操って……復讐を遂げたと考えることもできます」 

 影山はくくっ、と忍び笑いを漏らすと、やがて大声で笑い出した。

「……何がおかしいんですか?」

「いやはや、さすがのお前さんもすっかり女性不信か?! そりゃそうだよな。おい、元フィアンセからいくらむしり取られたんだよ? 金のかかりそうな女だったもんなぁ。頭が悪そうで、見るからに男好きそうで……」


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