コメだ……?
市民ホールの前には広い国道があり、道路を挟んだ向かいに全国チェーン展開している有名な喫茶店がある。
そこの一番奥まった席につき、全員がコーヒーを注文した。
影山が余計な口出しをしないかと駿河はやや気を揉んだが、どうしたことが彼は黙っていた。
何から訊ねるか。
頭の中であれこれ探っているうちに、向こうからしゃべりだした。
とはいっても、事件とは何の関係もない雑談である。実は岡山に足を踏み入れたのは初めてだとか、刑事さんって皆、いつもスーツなんですか? とか。
声楽もやっていたのだろうか。よく通る綺麗な声が、駿河の知らない音楽家の普段の生活を明かしてくれる。
駿河は黙って話を聞きながら、彼女が容疑者の一人だということを忘れてしまいそうになった。
けど、それでいい。
心を開いた時、人は本音を明かすものだから。
彼女の経歴をざっと訊ねると、産まれは広島で、関東の音大卒、ドイツへの留学経験もある、と話した。
「それぐらいのこと、警察の方ならとっくに調べてますよね」
店員が運んできたコーヒーに、たっぷりと砂糖を入れて亜沙子はかきまぜた。
確かにある程度は、彼女の情報を仕入れてはいる。
「被害者……アレックスさんとはドイツでお会いになったのですか?」
その名前を出すと、微かに彼女の表情が曇った。
「……いえ、帰国してからです」
「どういうきっかけで?」
「彼の元フィアンセ……あまりにも彼が浮気を繰り返すから、愛想を尽かして婚約を破棄したそうですが……彼女のお父様が、私達の楽団のスポンサーでして。そのつながりでアレックスが私達のコンサートを見に来たのが、初めての出会いでした」
被害者の元フィアンセ。
そう言えば、遺体の身元確認にやってきた女性がいる、と捜査資料に書いてあった。
「楽屋にやってきた彼は、片っ端から女性楽団員に声をかけて、一夜の相手を探していましたね」
駿河は思わず、頬が熱くなったのを感じた。どうもその手の話は苦手だ。
ちらりと影山の顔を窺う。
どうしたことか、彼は大人しい。
コーヒーに何か入っていたのだろうか。
「三村さん、あなたは……その……」
「そう、何度目かの、練習を見学に来た時です」
何を言い出すのだろうか。
身構えつつ、メモを取る用意をする。
「ちょうど、付き合っていた彼と上手く行かなくなって、別れるかどうするか悩んでいた時……アレックスが声をかけてきて……初めは当て馬のつもりで利用してやろう、なんてあさましいことを考えていたんですが、真剣に相談に乗ってくれて。それで、いつしか惹かれるようになって……」
「……それで、お付き合いを始めた訳ですか?」
はい、と返事がある。
一瞬だけ、まさか二股……? と考えた自分を駿河は恥じた。
「その時、その、上手く行っていなかった彼とは……?」
「もちろん、きちんと別れてからです」
思わずホッとした。




