アウトレットは訳あり
駿河は橋本美帆に向き直り、座っている彼女の視線よりも低くなるよう、床に膝をついて問いかけた。
「29日の午後9時から12時の間は、どちらで何をしておられましたか?」
相手はやや強張った表情をしていたが、やがて
「……その日は、姉の家に遊びに行って泊まりました」
「お姉さんの家はどちらに?」
「大阪です。午後9時頃は姉の行きつけの居酒屋で飲んでいて、店を出たのが11時過ぎでした」
大阪に11時頃いて、12時に宮島へ渡るのは、いくらなんでも不可能だ。
アリバイあり。
駿河は念のために姉の名前と店の名前、住所などを聞きだし、自分でメモをとった。
「アレックスさんとはどうして知り合ったのですか?」
「去年の秋、一人で紅葉を見に宮島へ行きました。その時に向こうが声をかけてきたんです。宮島水族館に行く道を尋ねられました。一応英語は少し話せるので案内したところ、素晴らしい英語力だと言ってくれて、そのあとすぐ食事に誘われて……」
「典型的なナンパだな」
影山が口を挟む。
美帆は苦笑した後、
「ちょうどその頃、彼氏と別れたばかりでムシャクシャしていたんです」
「それで、アレックスとかいうのと身体の関係はあったんだろう?」
瞬間的に血の気が引いていくのを駿河は感じた。なんという無神経さだろう。
相手もさすがに気を悪くしたようで、顔をしかめる。
「……そんなことまで答えなければいけないんですか?」
「関係が深ければ強い動機につながる。正直に答えてもらわないと。時間を無駄にしたくないからな」
それは確かにそうだ。
でも、こんなやり方を班長は絶対に許さないだろう。
その時、影山の携帯電話が鳴り出した。
彼は舌打ちして部屋を出て行く。
二人きりになってから駿河は言った。
「嫌な思いをさせてしまって、本当に申し訳ありません。あなたもきっと、いろいろ辛い思いをして被害届を出されたのでしょう。心中、お察しします」
橋本美帆は少し驚いた顔をして、それからはい、と頷いた。
それからは、たいして実のある内容を聞きだすことができずに終わった。
彼女がもう仕事に戻らないといけないというので、礼を言って事情聴取は終了した。
何かあったら連絡してください、と名刺をテーブルの上に置く。
駿河は部屋を出た。
「……おい、もう終わったのか」
通話を終えて戻ってきた影山に対し、はい、とだけシンプルに答える。
次の詐欺被害者に話を聞きに行かなければならない。
駿河は車を停めてある場所まで、やや急ぎ足で向かった。
「裏をとるまではわかりませんが、彼女にはアリバイがあります。それから……影山さん」
駿河は相方を振り向き、釘をさしておくことにした。
「今後、関係者への質問は自分が担当します。一切、口を挟まないでください」
すると、影山は鼻を鳴らした。
「ふん。あんな生ぬるいやり方じゃ、お宮入りだぜ?」
「あの場に高岡警部がおられたら、絶対に……影山さんのような訊き方を是認したりなさいません」
班長の名前を出した途端、影山がニヤリと笑った。
「高岡警部……ね。あの人、人事1課じゃ伝説に残る有名人だぜ?」
「え……?」
思わず駿河は足を止めた。
「なんだお前、何も知らないのか?」
そう言えば、何日か前の夜のことを思い出す。
あれは確か日下部だった。
班長には県警内でタブーとされる『何か』がある、と。
「もっとも問題なのはあの人だけじゃない。お前を含め、今年の春から捜査1課に集まった顔ぶれは全員……過去に何かしら『あり』だってことだ」
「……」
「鍵、貸せよ。運転するから」
駿河はしばらく呆然と、自分よりも少し背の高い同僚の後ろ姿を見送った。




