お坊っちゃまは遠慮がちなので
そんなある日、ようやく時間が取れて久しぶりに美咲と会った時のことだ。
そろそろ帰らないと、という時間になり、宮島口のフェリー乗り場で別れを惜しんでいた時のことだ。
シャッター音がして振り返ると、なぜかそこに影山が立っていた。
尾行していた、と彼は何の躊躇もなくそう答えた。
何のつもりか問い詰めると、彼はこともなげに答えた。
「最近、駿河巡査部長に女の影があるって課長が心配してたからさ」
あの時はさすがに、顔にも声にも怒りを思い切り出してしまった。美咲も驚いていた。
「あなたはもう、監察官ではないはずだ!! それに……彼女は何の問題もない、ごく普通の女性だ!!」
警察組織で上が部下の異性関係についてピリピリするのは、相手が暴力団関係者の情婦であったり、あるいは他国からのスパイだったりすると、組織全体を揺るがす大問題に発展するからである。
たとえそれが一介の警察官だったとしても、である。
「なんて、個人的な単なる興味だよ。あのお堅い駿河君の相手を務められる女性は、どんな人物かなってさ。それに、彼と結婚して玉の輿に乗れるラッキーな彼女な訳だし」
「家のことは何も関係ありません!!」
これも後から八塚に聞いた話だが、影山は駿河のバッググラウンドをひどく妬んでいたらしい。
駿河の方が先に昇進したことも。
ちなみに影山の階級は巡査長。これは、ある程度の勤続年数と実績がある警察官に、自動的に与えられる『とりあえず』的で中途半端な立場である。
とにかくあれからは最大限、影山に対しては充分に警戒していた。
式を目前にして美咲が姿を消し、結果的に婚約が解消になってしまった時、今、助手席に座っているこの男が示した反応を、きっと一生忘れられない。
笑顔だった。
「……結婚詐欺師ねぇ」
不意に、捜査資料を読んでいた影山が口を開いた。
「お前、今回の事件は気合いが入るだろ? 自分と同じ被害にあった、哀れな女どものためにも、絶対にホシを捕まえてやんないとな」
駿河は黙っていた。
「知ってるか? こないだ彼女がイケメンと腕組んで歩いてたのを見たぜ。大人しそうな顔してる女に限って、意外と……なぁ?」
仮に影山の言うことが本当だったとして、それは周である可能性が高い。
まともに相手をしているのは時間の無駄だ。
ところで駿河達は被害者であるアレックスに対し、結婚詐欺で訴えを出した女性に話を聞きに行くよう命じられている。
福山で働いているというその女性を訪ねるため、現在、駿河がハンドルを握って高速道路を走っているのだ。
刑事達の組み合わせを決めるのは班長と管理官、所轄の刑事課長である。
基本的にはベテランと若手、所轄と本部のコンビが一般的だ。
影山と組むよう言われた時、直属の上司に、他の人にしてもらえないかよほど言おうと思ったのだが……私情を持ち出す訳にはいかない。
だいたい、一度決めたものを変更して欲しいと願い出るのも心苦しい。
一刻もはやくこの事件が解決すればいい。
あいつ、手ぇ握りやがった!!




