血圧上昇!
「わぁい、聡さんと組んで聞き込み嬉しいな」
「……見事な棒読みだな」
勝手に捜査を抜けると言ったバカ息子、和泉を宮島で発見した聡介は有無を言わさずに連行し、自分と組ませて周辺の聞き込みに当たらせることにした。
被害者の遺体が発見されたのが宮島だったのは、何かの巡り合わせかもしれない。
「ほんとですよ、だって所轄の刑事と組むと何かと面倒だし……」
息子の本音に、聡介はブチっと血管のキレる音を感じた。
「俺とだったら、好き勝手できるから嬉しいっていうのか? ふざけるなよ? 勝手な真似は許さん!!」
「……じゃあ首輪でもつけて鎖につないでおきます? 変態っぽいけど、聡さんだったら僕……」
と、和泉が流し目を送って来たので、聡介は彼の耳を思い切り引っ張った。
「じょ、冗談です、冗談!! 痛い、痛いですって聡さん! 耳がちぎれるっ!!」
「耳にもちゃんとお経を書いておくんだったな」
「聡さんは亡霊じゃなくて、立派な両脚があるじゃないですか!!」
耳なし芳一の話を読んだのはもう何年前だろうか。宮島に来ると自然と思い出す。
遺体発見現場周辺住民の聞き込みを始めたが、夜が早いこの島では目撃情報はあまり期待できない。
それでも一軒ずつ丁寧に回って聞き込みをしたところ、とある家の主婦から有力な情報を得た。
「あの外人さん、あちこちでトラブル起こしていて有名人でしたよ。しょっちゅう島に来ていてね……土産物屋のみっちゃん、かわいそうにねぇ、結婚の約束をして、なんでも親が病気で手術費用がかかるから用立ててくれないかってね、将来的には自分の義母になるんだからって、確か200万ぐらい貸したそうよ。それから式の日取りだとか、結納のことだとか話そうとしても、全然取り合ってくれなくて、しまいには逆ギレっていうの? 暴力を振るわれたらしいのよ。全治3週間の骨折ですって」
どこかおもしろがっているように聞こえるのは気のせいだろうか。
「その、みっちゃんのフルネームと勤め先か、ご自宅を教えていただけますか?」
川口美智子。それが詐欺被害に遭った女性の名である。
「典型的な結婚詐欺とその被害者ですね」
二人で『みっちゃん』の職場に向かいながら和泉が言った。
「…… なぜ、おかしいと気づかないんだろうな?」
恋愛商法、結婚詐欺はいくらでも例がある。
聡介はいつも不思議でならかった。
「恋は盲目ですよ。それに詐欺師は口が達者です。人の弱味につけこむのが大得意なんですよ。恐らくみっちゃんは30代後半の地味な女性でしょう。まわりの友人達がどんどん結婚していく中で自分だけ取り残されて……そんな中、まさに金髪碧眼の王子様があらわれた訳です。しかし、不幸にもそいつはただの詐欺師だったと」
「すぐに手を挙げる人間だったようだな」
「女性に暴力を振るう男なんて、最低ですよ」
和泉はいつになく真面目な顔でそう言った。
みっちゃんこと川口美智子は厳島神社の表参道商店街にある土産物屋で、レジ前に立っていた。
確かに和泉の言った通り地味な女性だ。
二人が身分証を示すと、やっぱりと溜め息をついて言った。
「私のことどうせ誰かに聞いたんでしょう? ほんと嫌になっちゃう。こんな狭い島。だから出て行きたかったんです」
どこの島も田舎町もそんなものだ。プライバシーも何もあったものではない。
「私は犯人じゃありませんよ。彼とはあれ以来、会っていませんしね」
修学旅行生と思われる集団がやってきてわいわい言いながら土産物を物色し、一斉にレジへお菓子の箱を持ってくる。しばらく話は中断させられた。
「……あれ以来とは?」
やっと静かになって、聡介が気を取り直して訊ねる。
「殴られて、怪我をさせられて以来です」
彼女は怪我をしたと思われる部分をさすりながら答えた。
「被害届は?」
「出していません、どうせ無駄だから。警察なんてあてにしてません」
聡介は苦笑するしかなかった。
そういう意見はよく聞く。
今度は中国人観光客が集団で押し掛けてきた。
ものすごく大きな声で何やら言い合いながら、噂に聞く爆買いで、カゴいっぱいにお菓子や生活用品を詰めていく。
これはしばらく時間がかかりそうだ。
ようやく嵐のような中国人団体が去った後、聡介は再び質問を開始した。
念のため川口美智子のアリバイを確認すると、その日は高校の同窓会で広島市内におり、向こうで一泊したという。
「ところで聡さん、詐欺被害に遭った女性は他にもきっと大勢いますよね。届け出を出した女性達全員に、話を聴きに行く予定ですか?」
店を出たとたん、ものすごい大仕事だ、と嘆息する息子を横目に見ながら聡介は答えた。
「当たり前だ」
「被害届けを出しているのが8人……しかも住所は日本全国に散らばってるんですよ? 昨夜の会議で見たでしょう? あの騙された女性達のプロフィール……」
「手間を惜しんでいたら真相は見えない」
「それはそうなんですけど……」
どうもこのバカ息子は、いまいち捜査に身が入っていないように感じる。
「それにしても……届けを出していないだけで、本当はもっと大勢いるんじゃないだろうか。詐欺の被害に遭った女は」
「そりゃそうですよ」
「……きっと、自分が被害に遭ったなんて考えたくないんだろうな。いつまでも男を信じて待ち続けて……」
「意外にロマンチストなんですねぇ、聡さんって」
和泉は嘆息しながら言った。
「……なんだと?」
「今時の女性なんて、別れたら次の人ですよ? ま、詐欺に遭ったと認めたくない女性は要するに、無駄にプライドが高いだけです」
聡介は溜め息をついた。
「……どうもお前は、女性に対する偏見というか……」
「素晴らしい女性はいますよ。さくらちゃんとか、梨恵ちゃんとか、美咲さんとか」
娘達の名前が出てきて、聡介はつい頬を緩めてしまった。
いけない。
この男の手玉に取られては。
「いいから、次に行くぞ!」
は~い、と気の抜けた返答がかえってきた。




