嬉し恥ずかし
イラストは深森様からいただきました。
ありがたや……。
三者面談の日は午前中で授業が終わり、面談がある生徒は教室とは別の部屋で保護者が到着するのを待つ。毎度この日はクラス全体が騒がしい。
できるだけ母親をクラスメートに見られたくない、恥ずかしいという気持ちはわからなくもないが、周は違った。
父親が存命だった頃はいつも必ず仕事を休んで来てくれた。父は周の自慢だった。
今日は姉が来てくれる。若くて綺麗な彼女を皆に見せびらかしたい気分だ。
ところが。
周の携帯電話が鳴った。賢司からだ。何か嫌な予感がした。
『もしもし? 周か、君の教室はどこなんだ?』
「……なんで……」
『三者面談だろう?』
「姉さんが来てくれるはずだったんだ」
『それは僕の役目だよ、周』
違う、そうじゃない。
戸籍上は兄弟かもしれないが、その役目はあんたじゃない。
『ああ、姿が見えた』電話は切れた。
賢司はスーツにネクタイを締めて、懐かしそうな顔で部屋に入ってきた。
「あと何人待つんだい?」
「このあとすぐだよ……」
「不満そうだね。そんなに美咲の方が良かった?」
周は黙っていることにした。
クラスメート達は中年のオバさんではなく、若い男性がやって来たことに驚き、秘かに囁き合っている。順番が回ってきた。
担任教師には姉が来ると伝えていたので、兄の姿を見て少し戸惑っているようだ。
担任教師は周の成績、日頃の態度などをさらりとフィードバックしたあと、進路の話に移った。
「希望がいろいろあるようで、県警を目指すにしろ、保育士を目指すにしろ、進学はした方がいいと思うんですよ。理数系が少し苦手なのはともかくも今の成績なら、まぁ進む方向性によりますが、希望の大学には問題なく入れるかと」
すると賢司は、周が思ってもみなかったことを言いだした。
「東京の、関東薬科大学はいかがでしょうか? 今の成績でも大丈夫でしょうか?」
誰の話をしてるんだ? 周は半分他人事のように聞いていた。
「関東薬科大学……ですか。ええと、少しお待ちください」
担任教師はタブレットを操作し始めた。
「先生、俺、進学はしない。卒業したら働くことにする」周は言った。
「えっ?」と、いろんなことを言われた教師は目を白黒させている。
「姉の実家が宮島で旅館やってて、それを手伝おうと思っています」
お兄さん聞いていましたか?と教師は目で兄に問いかける。
賢司は一瞬の間を置いたあと、こう答えた。
「アナログだと思われるかもしれませんが、藤江の家に産まれた男子は全て、高校卒業後は関東薬学科か経済学科に進んで、経営か研究者になることが定められているのです。父も私も同じようにしてまいりました。弟だけが例外などあり得ません」
「まあ、いずれにしろ、もう少し理数系に力を入れることを視野に入れて……」
「俺は大学になんて行かなくていい!」
周は思わずそう叫んで立ち上がった。
「周、座りなさい」
「先生、こいつの言うことなんて気にしなくていいから!」
担任教師はぎょっとした顔をした。
「お兄さんに向かってこいつとはなんだ」
「俺は働くって決めたんだ。働いてしゃっ……」
賢司の大きな手に口を塞がれ、周は大人しく椅子に座り直した。
少しの沈黙が下りた。
「……まあ、まだそれなりに時間はあります。ご家族でよく話し合ってください」
担任教師はやれやれ、と溜め息交じりに言った。
面談が終わったあとは下校できる。
本当なら姉と一緒にその足で商店街に買い物へ行く予定だった。
周は教室を出てから正門まで賢司と並んで歩きながら、終始黙りこんだ。
「どうせ仕事場に戻るんだろ? じゃあな」
賢司の職場は学校を起点にすると自宅とは正反対の方向になる。
さっさと一人で歩き出した周だが、背後から思いがけない返事があった。
「今日は午後休みだよ。いろいろ話したいことがある、一緒に帰ろう」
「俺には話すことなんてない、さっき言った通りだ」
周は足を止めることなく歩いた。
しかし、
「周」
名前を呼ばれて振り返ると、兄はひどく冷たく、怖い顔をしていた。




