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ロ・ク・デ・ナ・シ

「なぜ、婚約を解消されたのですか?」

 すると彼女は曖昧な笑顔を見せた。

「何度も浮気を繰り返すような男と結婚して、幸せになれると思いますか?」

 聡介は黙った。

 当然ながら、答えはノーだ。


「私が日本に来たのは幼い頃でしたが、時折ドイツに行くこともあって……そんな時によく、彼の悪い噂を聞いていました。断って良かったと、今でも本当にそう思っています」

「それなのについ昨年、アレックスは海を越えてやってきた。アレックスはビアンカに執心していました」と、西島進一が話す。「僕は以前、ドイツに留学したことがあって、向こうで彼とは知り合いました。日本に留学するつもりだが、愛する女性が向こうにいて会いに行きたい。言葉に不安があるのでついてきて欲しいと言われました。僕はちょうど留学を終えて帰国する所でしたし、どんな女性か興味もあったので了承しました」

 ですが、と彼は何かを吐き出すような顔をした。

 

 聡介は注意深く西島進一を見つめた。

「……彼は、パラサイトでした」

「パラサイト?」

「アレックスの実家はドイツでも有名な自動車メーカーの経営者でした。景気の良い時は羽振りも良くて、かなり裕福な生活をしていたようです。でもお父さんが事業を広げ過ぎて失脚して……あとは転落の一途です。それでも幼い頃に覚えた贅沢の味は忘れられないのですね。だから、日本に留学するとは言っても名ばかりで、僕の部屋に居候して、日々遊び歩いていました。それに、ビアンカには有名な医療機器メーカーの重役に就いている父親がいます。ですから端的に言って、元フィアンセである彼女のお金目当てに来日したということです」

 そういうのを日本語でロクデナシという。

「日本語で言うと、ロクデナシでしょうか?」

 ビアンカの言葉に聡介は思わず、飲みかけたお茶を吹き出しそうになった。


「……それで、あなたは彼に金銭の融通をなさったのですか?」

 気を取り直して質問する。

「とんでもない! そんなことする訳ありません。あぶく銭などを与えては、ますます身を持ち崩すだけです」

 また古い言葉が……。

「働けと言っても無駄でした。それで、せめて地元の役に立つことをするようにと進一の手伝いをするように申しつけたんです」

 ビアンカは溜め息交じりに答えた。

「手伝いとは?」

「僕は広島市の出身でして、将来は地元市役所の観光課に勤務したいと考えています。それで、宮島を始めとして広島県内にもっと観光客を呼ぶにはというテーマで研究しているんです。観光客にアンケートを取ったり、土産物屋さんや旅館を回って、いろいろと話を聞いたりするのを手伝わせたのですが……」

「日本語が話せない上に、ちょっと可愛い女の子を見かけると、本来の目的などそっちのけでナンパを始めて、お互い遊びと割り切っている分にはいいのでしょうが……」

 良くはないと思うぞ。

「……良くはないですよね、やっぱり」

「……」

 先ほどからこの外国人女性は、まるで聡介の頭の内を見透かしたかのようなことばかり言う。少し恐ろしくなった。


「あ、ごめんなさい……私、変なこと言いましたか?」

「いや……」

 恐ろしく彼女の勘が鋭いか、あるいはこちらがあまりにも解り易く、顔に出しているかのいずれかだろうか。

「ところで、これは形式的なものですからあまりお気になさらず。一昨日……いや、既に日付が変わっているので29日の午後9時から12時の間、どちらにおられましたか?」

「私は自宅にいました。一人暮らしですので、証明してくれる人はいません」

 ビアンカはそう答えた。


「あなたはどうですか?」

「……実家にいました。母と祖母が一緒でしたが、身内の証言はアリバイにならないんですよね?」

 西島進一はどこか後ろめたいような、おどおどした様子で答えた。


 痛くもない腹を探られるというのはこういう気分だろうか。

「己に恥じるところがなければ、堂々としていればいい」

 聡介の言葉に進一は、はっと顔をあげた。


「は、はい……!!」


「ありがとうございました、こんな遅い時間に来てくださって。お送りします」

 聡介は二人を解放することにした。

 制服警官に彼らを送っていくよう依頼し、自分は会議室に戻るつもりだった。

 すると、ビアンカは何か言いたげな顔で聡介を見つめてきた。

「……何か?」

「あなたのお名前を教えていただけますか?」

「ああ、これは失礼」

 聡介は名刺を取り出して彼女に渡した。


 それから被害者の友人二人は去って行った。


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