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ファザコン仲間

 それから二人がロビーに戻ると、ヒステリックな声が耳に響いた。

 確かあれは仲居頭の朋子だ。

 さくらが何か文句を言われている。

 彼女がどこか美咲に似ているからだろうか。

 

 奈々子から聞いたことがある。仲居頭は美咲の母親の代から二代に渡って激しく彼女達を憎み、敵対していたと。


 優作は黙って彼女達に近づき、

「妻が何か失礼でも?」

「こんな時間に赤ん坊を連れてロビーにいるなんて非常識でしょう?! 大声で泣き出したら他のお客様のご迷惑になるってこと、少し考えたらわかりそうなものでしょう? お客様は日頃の疲れを癒すためにいらしているの!」

 赤ん坊はすやすやとよく眠っている。

「……あんたの怒鳴り声の方が、よほどまわりに響いて迷惑だと思うがな。それにこの子は今、ぐっすり眠っている」

 優作は愛おしげに赤ん坊の顔を眺めた。


 それから、

「教えてやろう、あんたが新人や他の従業員を大声で叱りつけるのを客達はしっかりと聞いている。そして不愉快になって帰っていく。客は日頃の疲れを癒すために来たはずなのに、普段の嫌なことを思い出させる原因はあんただ。これではリピーターが増えるどころか、口コミで悪い評判が広まるばかりだ。だから俺はあんたを癌さ……痛いぞ、さくら。なぜ俺の足を踏む?」

「すみません、この人ったら本当に口が悪くて……!」

 さくらはぺこぺこと頭を下げている。

 しかし朋子は顔を真っ赤にして、何も言わず去って行った。


「優君の言うことは真実だよ、さくらちゃん?」

 和泉は言ったが、彼女は首を横に振った。

「あまりこの子に良くない言葉は聞かせたくないんです」

 なるほど、確かに……。

 

 それから彼女はなぜか、きょろきょろと辺りを見回す。

「ところで和泉さん、お父さんは? 一緒じゃないんですか?」

 この子は……いつまでたっても重度のファザコンらしい。

 彼女が父親のことを口にすると優作の機嫌が悪くなる。

 いつものことだ。

「残念ながら僕一人なんだよ。優君と大事な話があってね」

「私、先に部屋に戻るわね」さすがに刑事の娘は察しが良い。和泉と優作はロビーに設置されたソファに腰を下ろした。

「さっきの話だが、俺は犯人の顔は見ていない。だが、確かに匂いは覚えている」

 優作は言った。

「匂い?」

「フェリー乗り場で突き飛ばされた時、きつい香水の匂いがした。仲居頭の匂いだ」

「仲居頭……?」

「車の持ち主が判明すれば、動かぬ証拠になるだろう」

「もしかして横領も彼女が……?」

「全面的にではないが、かなり手助けしているんじゃないだろうか。出入りの業者から聞いたところによると、食材の転売に関しての疑いは濃厚だ」

「すごいね、優君。そこまで調べてくれたんだね」

「……さくらとよく似た女が困っているというなら、ましてアキ先生の頼みならなおさらだ」

「ありがとう。優君は私情で動いてくれるから好きだよ」

 思わず和泉は優作の両手を握った。

「褒められているようには感じられないのはなぜだ?」

 

 それから和泉は時計を見た。

「ああ、本部に戻らないと。勢いで捜査を外れますとか言っちゃったけど、さすがにそんな訳にはいかないし」

 聡介はきっと怒っているだろうな。


 優作はふっと笑うと、

「お義父さんもたいへんだな、こんな不肖の息子がいると」

「その台詞、そっくりそのまま君に返すよ」

 二人は少しの間顔を見合わせ、裏のある笑顔を交わした。

「さて、じゃあアキ先生。もうフェリーも最終便が出てしまった。俺達の部屋の前で寝ずに警備をしてもらおうか。不審者が現れたら、現行犯逮捕できるようにな」


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