走る刑事
最終便のフェリーに乗り込み、宮島へ到着する。
昼間は観光客で賑わっている表参道も、この時間ではすべての商店がシャッターを下ろしていて、人気はまったくない。
和泉は走った。
旅館のフロントは夜が遅くてもちゃんと明かりがついている。
滑り込むようにして玄関ドアをくぐると、奈々子が立っていた。
「和泉さん?」
「……優君……は……?」
久しぶりに全速力で走ったため、すっかり息が上がってしまった。
膝に手を起き、中腰の状態で肩を上下させている自分は傍から見れば不審者だろうか。
「あら、和泉さん?」と、声がして顔を上げるとどういう訳か有村優作の妻で、聡介の長女、さくらが赤ん坊を腕に立っていた。旅館の浴衣と半纏を着ている。
「どうしたんですか? そんなに慌てて……」
「さくらちゃん、優君は?!」
「お風呂にいますよ」
和泉は急いで靴を脱ぎ、大浴場に向かった。
ガラス戸を勢いよく開いて湯気の向こうに優作を探す。
「優君、無事か?!」
「……アキ先生?」
優作はのんびりと一人で湯船に浸かっていた。
「アキ先生……あんた、服を着たまま風呂に入るのか? 変わった習慣だな」
「怪我はない?!」
「安心してくれ、この通り無傷だ」
ほっとした。
と、同時になんでこのタイミングで連絡してきたんだ? と考えたが結論は出なかった。
「……風呂に入らないのか?」
「僕はお客じゃないからね……それより、仕事は終わったの?」
優作は浴槽から上がると、そのまま浴室を出た。
「まだ全部終わったとは言えん。再建に向けての出発準備は整った。ただし、完全に膿を取り除いてからでなければ、また同じ事態が発生する。それに、この俺の命を狙った不埒物を特定するまでは、安心して尾道に帰ることなどできん」
「だよね……ところで、どうしてさくらちゃんと伊織君がいるの?」
疲れた。和泉はベンチに座り込んだ。
「女将が気を利かせてくれて、俺達家族に無料で泊まっていいと言ってくれたから呼び寄せたんだ。二人がすぐ傍にいる方が俺も安心だしな」
浴衣を着て帯を締め、優作は傍にあったウォーターサーバーから冷たい水を二つコップに注ぎ、一つを和泉に差し出した。礼を言って受け取る。
「しかし、これではっきりした。横領犯は死んだ人間ではない。今も生きていて、それもかなり焦っている」
その通りだ。
「それで優君、君を襲った犯人の顔は見た?」
和泉の問いに優作はふっ、と笑った。
「そんな訳あるはずないだろう。どこの世界に、顔を丸出しにして人を襲う人間がいるというんだ」
この子と話していると時々カチン、という音がするのはなぜだろう?
「ただ、わりと間抜けな犯人だったようだ。車のナンバーはしっかり覚えている。照会すればすぐにわかることだろう」
「……なんでそれ、最初に言わないの?」
「話には順序というものがある」
なんとなく納得いかない気分だがそんなことを言っている場合ではない。
和泉は急いで聞いたナンバーの持ち主を照会依頼することにした。
時間的に言って回答は明日以降になるだろうが。




