お約束
会議が終わった。眠い……。
ともすれば欠伸が出そうになるのを必死で堪え、モニターに映し出される映像を注視していた和泉は、解散の号令がかかったのを確認した途端に伸びをした。
被害者の顔には見覚えがある。
優作を御柳亭に連れて行ったあの日、美咲に向かって「アキヒコ」と呼びかけたあの男だ。一目見て女癖の悪い遊び人だと和泉は感じた。
だから2課の長沢警部がこの男を詐欺容疑で追っていると聞いた時も、たいして驚かなかった。
しかし、ただの結婚詐欺かと思いきや、無料の英会話教室を騙った詐欺まで働いていたとは。
恐らく恋愛商法。
どういう事情でアレックスが美咲と知り合ったのかは知らないが、初めて会ったようではなかった。
彼が美咲に話しかけていた内容を、ちらりと和泉も聞いた。英語だったのでだいたい理解できた。
シャイな日本人男性にはどう頑張っても言えない、歯の浮くような台詞を並べ、要するにナンパしていた。
だが、おそらくほとんどの日本人女性は英語で話しかけられても意味がわからない。
だから、上手く二人きりになる状況を作り上げてこっそりと日本語で通訳する。
被害者は日本語はほとんど話せなかったようだが、口説き文句だけはきっとしっかりと覚えたに違いない。
ちなみに、おそらく周が姉の名前を「彰彦」だと嘘を教えたのだろう。
「……気持ち悪い……」
和泉の独り言に、隣の席の日下部が怪訝そうな顔でこちらを見る。
それからちらり、と和泉はすぐ前の席に座っている駿河の背中を見た。
背中には多くのメッセージがあらわれる、と昔何かの本で読んだことがある。今そこに書かれているのはきっと「疲れた」であろう。
周辺の聞き込みを終えて捜査本部が設置された廿日市南署の会議室に和泉が来た時に、既に駿河は来ていたのだが、暗い顔をしていた。
もっとも彼の明るい顔もほとんど見たことはない。
組まされた刑事が気に入らなかったのだろう。
しかし、こればっかりは仕方ないとあきらめるしかない。
時刻は午後10時を回っている。
さて、コンビニに晩ご飯でも買いに行くか。
和泉が会議室を出たところで、携帯電話が鳴りだした。有村優作からだ。
「はーい、優君。聞いたよ、大活躍なんだってね?」
『……』
「やっぱり君に頼んで正解だった。初めからそうすれば……優君?」
『アキ先生、どうやら俺は命を狙われているようだ』
「……え?」
『このところ、後をつけられているような気がしてならない。昨日は歩いていたら車に轢かれそうになった。フェリー乗り場でも、危うく海に突き落とされそうになったこともある』
「……」
『経営についての相談には格安で乗ってやると言ったが、代償がこれでは少し高すぎるんじゃないのか? 俺はまだ死ねない。妻と子を遺しては』
すーっと全身から血の気が引くのを感じた。
「今、どこにいるの?」
『まだ宮島にいる。いっそのこと旅館の中にいた方が安全じゃないのか、と女将が言ってくれたからな。ただ……』
「わかった、すぐになんとかする」
『なんとかって、どうするんだ?』
「これからすぐに、そっちへ行く」
和泉は電話を切ると、署長と話していた聡介の襟首を掴んで会議室の外に引っ張りだした。
「げほっ! 彰彦、お前……」
「すみませんが、しばらく捜査から外れます」
「……は?」
「急用ができました。じゃ、そういうことで」
「おい待て! 何を訳のわからんことを……彰彦!!」




