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女の生態

 捜査本部が設置されたのは、つい何ヶ月か前まで自分が通っていた古巣の廿日市南署。

 刑事課の顔ぶれはほとんどが駿河の知っている警官達だった。

 

 何人かは気さくに久しぶり、と声をかけてくれたが、浮かべた笑顔はどこかぎこちないものだった。

 ごくわずかだが駿河の顔を見た途端に背を向けた、かつての仲間もいた。

 

 皆、良くも悪くも自分に気を遣っている。

 気にしても仕方ない。

 今は事件のことだけを考えよう。

 

 何度か足を踏み入れた会議室には沁み込んだ煙草と独特の匂いが充満している。考えてみれば本部の捜査1課にうつって以来、喫煙者がいない。

 友永もつい先月、禁煙に成功したと喜んでいた。

 

 捜査会議は午後8時から。周辺の目的情報、被害者の交友関係、そう言った情報を聞き集めてきた刑事達が続々と会議室に入ってくる。


 本来ならコンビを組んだ刑事と、自分達が仕入れてきた情報を話し合い、推理を立てるのが常なのだが、相手があの男ではそんな気になれない。

 本当は許されることではないないだろうが、駿河はどうしても我慢できず、会議室に入るなりパソコンの前に座って電源を入れた。

 向こうも気持ちは同じだったようだ。影山も会議室に入るとスマートフォンを取り出して操作を始めた。


 しばらく会議室は刑事達の会話でガヤガヤしていた。

 しかし管理官と捜査一課長、廿日市南署刑事課長及び、署長が入ってくると空気が途端に空気が変わる。


「全員、起立!! 敬礼!!」

 上席達は会議室の前に置かれた椅子に座り、部下達が拾ってきた情報に耳を傾けている。

 照明を消した会議室内で、スクリーンに被害者の顔写真、現場の様子その他もろもろの情報が映し出される。


 アレックス・ディックハウト。年齢25歳。広島経済大学所属。ドイツからの留学生である。

 来日は一昨年、ここ何日かは宮島観光の発展をテーマにゼミの仲間達とよく宮島に出入りしており、観光客にアンケートをとったり、地元の商店に話を聞いて回ったりしていたそうだ。

 確かに被害者の目撃情報は現場付近でよく聞かれた。


「えー、なお捜査2課からの情報によりますと……被害者は判明しているだけでも数名の日本人女性と結婚の約束をし、その都度100万から500万の金銭を融通させていたようです。被害届が提出されています」

「となると、被害者の内の誰かが復讐を果たしたと考えられるな?」

 廿日市南署長の警視が言った。

「おそらくは」

「被害者は2課の捜査対象だったんだろう。行確はどうなっていた?」

「それが、向こうも気付いていて途中でまかれたとのことでした」

 管理官である刑事課の横尾警視は舌打ちしそうな顔をした。


「鑑識からの報告は」

「はい。直接の死因は、鋭利な刃物で背後から刺されたことによる失血死です。傷が肺にまで達していました。ただし全身に複数の殴打痕があります。かろうじて顔が判別できるほどでした。なお、死亡推定時刻は一昨日11月29日の午後9時から12時の間。残念ながら雨が降ったおかげで、現場の状態は良好とは言えません」

 一昨日と言えば飲み会があった夜か。

 そういえばそろそろ帰ろう、と店を出た時に突然雨が降り出した。

 

 誰も傘を持っていなかった。

 和泉は迷うことなくタクシーを呼んで、女性二人組だけを乗せた。

 例の鑑識員女性は和泉に一緒に乗って欲しそうな顔をしていたが、和泉の方はあっさりしたもので、じゃあね~と手を振りながら、まだ走っている路面電車の駅に向かって歩き出した。

 

 こんなことを考えている場合じゃない。

 駿河は我に帰り、軽く首を横に振った。

 

 鑑識の報告は続いている。

 結論として、その殺害方法から被害者に対し、激しい恨みを持つ人間の仕業であろうことは判明した。

「解剖の結果ですが、胃の中から未消化のキャベツや卵、ソバなどが検出されています。恐らくお好み焼きでしょう。殺害される直前に食べたのではないかと思われます。さらに大量のアルコールも検出されています」

「よし、市内と島内すべてのお好み焼き屋を回って被害者の目撃情報を探せ。それと詐欺被害に遭った女達すべてのアリバイ確認。届けを出していない被害者もいるかもしれんから、ガイシャの交友関係を徹底的に洗え!!」

 果たして犯人は騙された女性の内の誰かなのだろうか?


 しかし、あの遺体の損傷具合から言って女性の仕業とも考えにくい。

 そう思ってすぐに、駿河はその考えを打ち消した。

 先入観は禁物だ。

 それに、女性という生き物にはまだ自分の知らない生態があるようだから。


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